22


数秒、表面を軽く押し付けるだけのキスだった。離れるとき音すらしなかった。だけど余韻で眩暈がする。
顔を離したら、急にセンパイが上半身を屈めて唸りはじめたからぎょっとした。
やばい。今のキス、何かまずかったか?
ちょっと焦ってセンパイを覗き込んだら、どうも照れてるだけみたいだった。まぎらわしい。

「センパイ、照れすぎじゃね?」
「うぅ、だってなんか……なんかなんだよー……」

よくわからない理由で恥ずかしがるからオレまでつられて恥ずかしくなった。
そういえばこれって、センパイにとってファーストキスってやつ? 
いまキスしたばかりの口がムズムズしてきて手で隠す。なんだこのピュアな感じ。

あれ、ていうか順番間違えてね?キスより前に、ハグとか手繋ぎしてあげたほうが良かったかも。やべ、失敗した。
ようやく起き上がって地面を蹴ってるセンパイの手を軽く握る。重ねた手は、自分の体温と合わさってすごく熱く感じた。
ただ握るだけじゃ意味がないから、少し撫でて好きだって気持ちを込める。
そしたらもうダメだった。センパイのほうが。

「あーっダメダメ無理!ダメもうほんと勘弁して無理恥ずかしい!」

反射的に引っ込められそうだった手を逃がさないよう握り込む。
せっかく捕まえたのに離すわけねーじゃん。

「ちょっと……そんなんでカノジョほしいとか言ってたんですか?」
「初心者なんだから許して!」
「じゃあ今日から慣れていきましょーよ」
「逆に寒河江くんはなんでそんな平気なの!?」

平気じゃねえよ。祭囃子かよってピッチで心臓は騒ぎまくってるし、倒れそうなくらい興奮してる。
オレの手をどうにか離そうとして腕をブンブン振る仕草も可愛くて、ニヤけながら握った手に力を込めた。
そしたら諦めたのか、センパイからも指を内側に折り曲げて遠慮がちに握り返してきた。
あーやばい……スゲー幸せ。

そうやって幸せに浸っていたかったのに、スウェットのポケットの中でスマホが振動して気分をぶち壊された。
振動が長かったからセンパイの手は握ったままスマホを取り出すと、愁からの着信だった。

「――なに?」
『よー、エーちゃん寝てた?』
「や、センパイと一緒だけど」
『は?大部屋で?』
「違う、外」
『マジで!?なんで!?あっ、つか俺らこれから部屋戻るんだけど〜って、もう部屋の前でさ――』
「あーわかった、戻る戻る」

詳しく聞きたそうにしてた愁を強引に遮って通話を終わらせて、ついでに時間を確認した。
マジで消灯前に戻ってきたらしい。まあ、ここで女漁りしなくてもあいつらそこまで飢えてるわけじゃないし。
それよりこうしてセンパイと付き合うことになったんだから、あいつらにちょっと感謝。女子大生のアレがなかったら今こうしてなかったかもしれないし。
今の電話で愁たちが戻ったことを伝えると、センパイは照れ笑いをした。

「そっかぁ、もうそんな時間?お、俺たちも戻んなきゃね」
「そーですね。……あ、センパイその前に」

なに?と首を傾げたセンパイの唇を軽く啄ばんだ。繋いだままの手に力が入る。
さっきしたときと感触はそのままで、それ以上の喜びで胸がいっぱいになる。
付き合うことを冗談で済ませたりしてほしくなくて、もう一回確認のキス。
こんなに余裕なく何回もキスしてセンパイに引かれるかと思ったけど、照れ顔のまま握った手をぶらぶら振っただけだった。

「び、びっくりするじゃん……」
「だから慣れていきましょって言ったばっかですよね」
「そうだけどさ……」

愁にはもう戻るって言っちゃったし、タイムリミットも近い。
せっかく二人っきりなのにもったいない。むしろもっと、このまま何度でもキスしたいのに。
もう二、三回できねーかな……と思って顔を近づけたのに、その前にケータイを開いたセンパイに手を引っ張られた。

「やば、もうこんな時間だよ!は、早く帰ろう!」

手すりから強制的に立たされて体が揺れる。
すぐそこが斜面なのわかってます?転がり落ちたくねえんだけど。つか、けっこう力あるよな、センパイって。

「ちょっ……わかった行きますから!引っ張んないでくださいって!」

ぐいぐい引っ張られて仕方なく柵を跨ぐ。
そうして改めて手を握り直した。一方的に重ねるんじゃなくて、ちゃんと繋ぐ形で。
センパイが隣でオレを見上げてくる。その表情は、暗い中でもわかるくらい優しい笑顔だった。

オレたちは、のぼってきた速度と同じくらい、いや、それ以上に急いで石段を駆け下りた。
最後の二段をジャンプして着地する。転びそうになったところをギリギリ立て直してそのまま走り出したら、何故だか笑いが止まらなくなった。
下り道は潮の匂いの追い風が吹いている。
オレとセンパイは繋いだ手指を不器用に絡ませて、夜空の下、笑いながら同じ速度で走った。


宿に戻ったら、フロントにひと声かけて大部屋へと急いだ。
室内は外よりも暗く感じたけど、常夜灯が点いていたから次第に目が慣れた。由井や小磯たちは気持ち良さそうに爆睡中だ。
そして並べられた布団の空いた場所に愁たちが固まってる。あいつらもオレらに気づいて小声で呼びかけてきた。

「おー、おかえりエーちゃん、スーザン先輩」
「お前ら早かったじゃん」
「いや〜まぁ、めっちゃ引き止められたんだけどね」

こいつらのことだから時間厳守したっていうより、何か別の理由で切り上げてきたのかもしれないな。どうでもいいけど。
それよりもセンパイのキョドり具合がやばい。外で絶対何かあっただろってバレバレの態度してる。
ヤツらに混ざって布団の上に座ったら、さっそく愁が興味津々で聞いてきた。

「そんでー?なになに二人ともどこ行ってたの?」
「あーっと……センパイが花火んときケータイなくしたかもって言うから外に探しに」
「マジで!?えースッゲ大変じゃん!そんなら俺らにも声かけてくれればよかったのに。てか見つかった?」
「あったあった。ね、センパイ」
「う、うむ。おかげさまで」

センパイが言い出した嘘だろ。もうちょっと堂々とごまかせないのかよ。
本人も変に過剰反応してるのがわかってるのか、そのあとは隣で黙ったままオレらの話を聞くだけだった。
ただし黙ってるかわりにずっとそわそわモジモジして、オレのことチラチラ見るから動きはうるさい。

奏兎が例の犬系の子の連絡先を見せびらかしてきたけど、今のオレは落ち着いた気持ちではねつけられた。
だって隣にオレの彼氏がいる。ほんの数十分前とは違って焦ったりしない。
奏兎のほうもオレが断ることをわかっててもらってきたんだと思うし。たぶん「アドレス教えてくれたら俺からエーちゃんに渡しとくよ?」とかなんとか調子いいこと言って。

消灯時間なんてとっくに過ぎてたけど先生が様子を見に来ることもなく、そのまま少し愁たちと話した。合間にときどきセンパイが相槌を打つ。
静かで騒がしい夜だった。
そのうちに誰かがでかいあくびをしたのをきっかけに、そろそろ寝るかって空気になった。

どこで寝るか相談するのも面倒で、空いてる布団を手当たり次第に埋めていく。
センパイも手近なところに入り込んだからオレは当然その隣を選んだ。

合宿の前、寝るときは絶対センパイの近くの布団をキープするって決めていた。その通りにしたんだけど、なぜか無性に照れくさい。
暗闇の中で目を凝らすと、センパイもオレのほうを向いていた。手を伸ばしてセンパイの布団の中に潜り込ませる。
そしたらセンパイのほうからも布団の中でオレの手を探った。触れたら軽く握り合う。

「……センパイ」
「うん、おやすみ」

そう囁いたセンパイの声は、続けて寝息に変わった。
関係がはじまったばかりなのに幸せの裏側に小さな棘がある。
どうにか恋人がほしかったから頷いたのか、オレだから頷いたのか――センパイの気持ちが見えない。

ただ、好かれてるとは思う。選択権はセンパイに委ねたし、断ろうと思えば断れたはずだから。
オレのほうは本気で、半端な付き合いをする気はない。
そしてセンパイのほうからもオレのことを恋人としてもっと好きになってもらいたい。

やがてセンパイの手から力が抜けて自然に離れた。
ごちゃごちゃ考えるのをやめて、オレはしばらくセンパイの平和な寝顔を見つめていた。


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