21


ヘソピは兄ちゃんがやってくれて、腹に脂肪が少ないせいかやたらと痛かった。むしろ痛いほうが良かった。
痛いし異物感に慣れないしで数日はあんまり動けなかったから、その間に破壊衝動も落ち着いた。
かわりに、気を張っていた反動の虚無感みたいな感じで抜け殻状態になった。

そんなとき由井と会うことになって、その後の近況を報告しあってるうちに部活を辞めたあたりの話をした。
由井はしばらく難しい顔で黙り込んだあと、オレに塾をすすめてきた。
あんなことがあったあとじゃ塾に通い続けるのも気が進まなくて、本当は辞めようと思ってたらしい。
だけどオレの話を聞いて、「一緒に塾通いして同じ高校を目指さないか?」と誘ってきた。

たぶん由井なりに、抜け殻になってたオレに目的のようなものをくれたんだと思う。
塾に行くっていう用事があれば部活のない放課後を埋められる。そんな風に考えて、オレも由井の誘いを受け入れた。
あのときは今までの人生の中でスゲー勉強した時期だった。おかげで進学校の耀倫にヨユーで合格できたわけだし。

ヘソピも気に入ってるし、開けて良かったと思ってる。どっちみち高校入ったら開けるつもりだったから兄ちゃんが前倒ししてくれただけだ。
それに、部活では孤立したけどクラスの友達連中はオレのことを信じてくれてた。変な噂に怒って庇ってくれたりしたんで、学校生活に居心地悪さはそれほど感じなかった。
オレの中では、部活動に対してだけ嫌悪感が残った。


――由井や家族以外に言えなかったことを、今、センパイに話してる。
優しいセンパイを心配させたくないから、ところどころ濁したり、回りくどい言い方を織り交ぜたりしながらだけど。

「由井って笑えないくらい似たようなトラブル多いんですよ。中学んときほどのレベルのはなかったけど、ほんと、男も女も関係なく」
「…………」
「だからってわけでもないんですけど、オレ、由井の周りに関しては警戒心強くて、そのせいでセンパイにいきなりあんな失礼な態度とっちゃって……本当に、反省してます」
「あ、ううん。別に」

黙って聞いていたセンパイがもごもごと返事をした。こんな話なんか聞いて引いたのかもしれない。
あのときは、ちゃんと事情も確かめずに本気でバカなことしたと思う。
今はどうだろう。センパイはオレのことを少しは見直してくれた?そう思ってくれるように態度で示してきたつもりだけど、自信はない。

「書道部ではそういうのないみたいだったし、半年くらい平和だったから油断してたんで、その反動みたいな……」
「うん、まあ元はといえば俺が変なことしたからだよね!誤解させるようなことしたから」
「や、そういう意味じゃ」
「つーか俺も言っちゃうけど、由井くんを仮想の恋人にしたのはね、さっき話した古屋に彼女ができたからなんだよ」

完全にぶっちゃけトークの空気になって、センパイもオレに言ってなかった『本当の理由』を教えてくれた。
それがなんていうか、本人にとっては重大なんだろうけどしょーもない理由だったからマジ癒された。
親友に彼女が出来て寂しくなったから対抗心でって……なんだよそれ、めちゃめちゃ可愛い。

だから好きな子の一人もいないのにやたら彼女をほしがってたのか。
仮想相手に由井を選ぶあたり、趣味は悪いけど。
まあ、由井も猫被ってたし大人しい後輩に見えたんだろう。
つっても、由井がセンパイにそうしていた気持ちはわかる。オレもセンパイを尊敬してるから。あのかっこいいパフォーマンスに憧れた。

尊敬は行き過ぎれば恋心に似るんだって知った。今それは本物になって、センパイのことが好きで、焦がれてたまらない。
そんな気持ちを込めてセンパイを見つめた。向こうもオレを見つめ返している。その目が少し潤んでるように見えた。

「あの、俺……色々あったけど、寒河江くんと知り合えて良かったと思ってるよ」
「……うん」
「なんかイケメンになれた気がするし、寒河江くんと遊びに行くのも楽しいし」

あんたはイケメンですよ。それにオレもセンパイと遊ぶのが楽しい。部活も楽しい。
会えて良かったって思ってるのは、オレのほうだ。
由井にとってもオレにとっても、変化のきっかけになった人だ。

センパイはついでみたいに、「でも、彼女できる気配は全然ないけどね」とわざとふざけた口調で言った。
それで思い出した、オレが本当に聞きたかったこと。大部屋で話していたときに引っかかったひと言だ。

「オレ、センパイに聞きたかったことがあるんです」
「あっ!そ、そういえばそんなこと言ってたね。なに?」
「さっき……あー、あの、女子大生の部屋に行くとかって話してたときのことなんですけど――センパイが言ってた『間に合ってる』って、どういう意味ですか?」
「えっ?」

暗闇の中でセンパイが目を丸くした。

「つまり、ぶっちゃけ出会いのチャンスだったわけじゃないですか」
「そのこと?えっと……だ、だって大人のお姉様との出会いとか怖いじゃん……」
「うんまあ、センパイならそう言うだろうなって思ってました。だから誘っても来ねーよって前もってあいつらには言っといたんですけど、でも、間に合ってるってことは、その、気になってる子とか好きな女子が他に出来たのかなって思って……」

あれだけ気になってたくせに実際聞こうとすると消極的な言い方になってしまった。
『他に』ってあたりに自分の本音がにじみ出てる。オレのこと、恋人役として見てたんでしょ?っていう希望というか。

「オレ、そんなのひと言も聞いてなかったから結構落ち込みましたよ。彼女作りに協力してるんだし、そういうのはオレに真っ先に言ってくれるもんかと思って……」
「いやいや!えっとあれは言葉のアヤというか……全然そんなんじゃないよ!?俺だってそんな人が出来たら真っ先に言うつもりだし!」

『出来たら』ってことは、やっぱり本当に誰もいないのか。それはオレでもないってことで、安堵と同時に崖から突き落とされる。
それでも、このまま終わらせたくなかった。指をくわえて見てるだけなんて、もうしたくない。

「あのさ、センパイ」
「は、はい……」
「センパイってほんと、肝心なとこでダメですよね。女子に縁がないっつーかむしろ積極的に自分から逃げちゃうっつーか」

違う、こんなことが言いたいんじゃない。
女子との出会いを蹴ったセンパイに呆れるわけがない。逆に喜んだんだから。
センパイはしゅんとして、オレに怒られると思って身構えてる。そうじゃない、そうじゃねえんだよ。

「だからもう、オレでいいんじゃないですか?」

そう言った瞬間、センパイの瞳がすがるようにオレを見据えた。

「由井を脳内彼氏にするくらいだったら……いっそ、オレにしとけば」

相手は同性で、ヘタレなセンパイだ。そのセンパイが断っても、冗談で笑って済ませられるような言葉選びをしたつもりだ。
それでもオレは真剣だった。万が一の可能性に賭けて、緊張で心臓が壊れそうなくらい暴れ回ってる。
仮の恋人役じゃなくて、本当の恋人として見てほしい。練習でもお試しでもいい。そのあとに、ちゃんと好きだって伝えるから。

「……うん、そうしようかな」

なに言ってるんだよーって、笑って返されるかと思った。なのに、センパイも真剣な表情で頷いた。
その返事が一瞬信じられなかった。けれどじわじわと実感が湧いてきて、嬉しさで口元が緩む。

「じゃあ、せっかくだしチューでもしときます?」
「えぇっ!?ちゅ、ちゅう!?」
「イヤならしませんけど」

別に本気で言ったわけじゃない。オレが言ったことの意味、ちゃんとわかってます?っていう確認みたいなもんだ。
オレ、今からあんたの彼氏ですよ。これからはこんな風に変わるんですよ。
ダメならダメで待つけど、オレは今すぐしたいくらいセンパイのこと好きなんです――そんな思惑も混じってる。
なのにセンパイはやけに男らしく大きく頷いた。

「そんなことはないよ!?よ、よし、やっとこうぜ!」

マジか。
オレが思う以上にセンパイはオレのことを好きなのかもしれない。いや、キスを経験してみたいっていう好奇心かも?

自分で言い出したことなのに驚きすぎて一時停止していたら、肩に手が置かれた。
そしてセンパイが、目をぎゅうっときつく閉じた状態で唇を突き出して、なんかスゲー顔して迫ってきたから吹き出したくなった。
いや笑っちゃいけない、これでセンパイも真剣なんだし。……うん、なんとか頑張ろうって気持ちは伝わってきた。
ほんと、ヘタレでかわいい。

「センパイ、センパイやばい、緊張しすぎてガッチガチじゃないすか」
「そそ、そんなこと言ったって」

迫ってきたセンパイを一度遠ざけて、改めてこっちから顔を近づけた。
何か言おうとした口が中途半端に開いてたから、頬寄りのところに軽く唇を触れさせた。
様子見のつもりだったそれで、センパイの忙しない動きがぴたりと止まった。

驚いたように見開かれた目と視線が結ばれる。その瞬間、自分の心音しか聞こえなくなった。
潤んでいるセンパイの瞳が静かに閉じたから、もう一度近づいた。

想像の中でセンパイと何度もしたキスが現実になる。
触れ合わせた唇は、柔らかくて、しっとり濡れていて――愛おしさで泣きたくなるくらい、胸が締めつけられた。


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