18


ひとしきり浅瀬遊びをしてから残りの花火を一気に終わらせて、半濡れの状態で宿に戻った。
浜辺でゆっくりしすぎて時間が押してたからものすごい勢いでばっさばっさと布団を敷く。もちろん出来上がりは散々だった。
それからセンパイたち幹部は先生の部屋で話し合いがあるってことで、オレら新入部員五人が先に風呂に入ることになった。

大浴場とは名ばかりの、古くて狭い風呂場だった。でも、汗と潮風と海水でベタベタの体を洗い流せて気持ちよかった。
タイル貼りの湯船は熱めの湯がなみなみ張られていて、一日の疲れが取れたような気がした。
風呂を出てさっぱりしたあと、宿の廊下に置いてあった古い柱時計を見たら思ったより余裕があった。
すぐそこに女子大生が泊まってるっていう新館に繋がる廊下が伸びている。オレはわざとそっちを見ないで足早に大部屋に戻った。

「うぃーす!風呂、次お待たせ〜……って、部長たちは?」
「まだ来てないですー」

大部屋に残された一年の二人はとっくに入浴準備を終えていた。センパイたち待ちをしてるところらしい。
一年の青木と堤は別クラスらしいけど、同学年の連帯感ってやつで二人行動が多い。実際、気も合ってるように見える。今もスマホを見せ合いながら何か話している。
歯磨きまで終えたオレらは雑に敷かれた布団の上で緩く輪を作り、それぞれ寝そべったりして体を休めた。しかし一息ついたところで愁が片手を上げた。

「そんで、女子のお誘いの件だけど」

忘れてなかったか……。
オレ以外のヤツが顔を突き合わせてひそひそと話す。

「時間は風呂出たあとにーって話になってっから、このあと廊下あたりで先輩つかまえてさ」
「ちょっと待った。てかさ、消灯前に先生が見回りとか来んじゃね?そしたらやばくね?」
「部屋真っ暗にして枕で膨らましとけばごまかせんだろ」
「うーわ、そんなん秒でバレるわ」

偽装計画とかどうでもいいオレは上の空で聞き流していた。それがバレて奏兎に軽く蹴られた。

「な、お前はどう思う?」
「あー……オレは、なんでも」
「どうしたよ、疲れた?」
「……そんな感じ。昨日もバイトあったし」

興味ない話題続きだからおざなりに返す。やばい、本気でちょっと眠くなってきた。
そうして先生が見回りに来たらどうするかっていう難問に答えが出ないまま、センパイ、由井、小磯の三人が帰ってきた。
由井と小磯も先に風呂の準備をしてあったみたいで、もう予定時間ギリギリだからとセンパイを置いて四人で大部屋を出て行った。
チャンス!とばかりに愁と奏兎が顔を見合わせる。

「ちょっとちょっとスーザン先輩」
「んー?なに?」
「こっち来て、こっち」

愁と奏兎は戸惑い気味のセンパイを引きずってきて、輪に組み込む形で座らせた。
オレの斜め向かいあたりに座ったセンパイが、おどおどと視線をさまよわせる。

「な、なに?俺、風呂に行かなきゃいけないんですけど……」
「いやぁそれがさー聞いてくださいよー。んーと、夕飯前くらいだったっけ?俺ら、休憩んときに――」

休憩中の間に起こった女子大生たちとの出会いを愁たちが口々に説明する。
その発端が自分だと思うと苦々しい気持ちになるけど、オレは黙ったままセンパイがどういう反応をするのかじっと見つめた。

「えっと……先生には黙っといてって話?まあ、あんま遅くなんないうちに帰ってきてね」

ぽかんとして、まさか自分がそこに関わるとはこれっぽっちも思ってない顔のセンパイ。
普通だったらここで「俺も混ぜて!」って食いつくのが女に飢えてるヤツの反応なんだろうけど、センパイの返答に口元が緩んだ。
なのに、奏兎が余計なことを付け足す。

「何言ってんすか部長、違うって!だぁかぁらぁ……部長も風呂上がったら俺らと一緒に来ない?ってお誘いですよー」
「へっ!?」

センパイは途端に慌てだして、落ち着かなそうにそわそわと膝を揺らした。
あ、これ絶対無理だわ。ほらな、オレの言った通りだろ?
予想通りの反応に安心していたそのとき、正毅がいきなりオレの肩に腕を回して顔を寄せてきた。

「あのさー、ボブの子いたじゃん?ちょっと犬系入ってる超かわいい子。あれ、絶対エーちゃん狙いだって」
「だよな。もう完全ロックオンしてたもんね。エーちゃんにだけ話しかけてたし、マジ分かりやすすぎ」

いや、ここでそれ言うか?
もしかしたら正毅たちなりに、乗り気じゃないオーラ出してるオレの男心をくすぐろうとしたのかもしれない。
狙われてるのは言われなくても分かってる。分かってるけど、センパイが聞いてる前で言うことないだろ!?

だけど反論するより前に、言い訳じみた気持ちでセンパイに目を向けた。
違うんです、オレは別にそんなの興味なくて――って、この場でわざわざ言うのもおかしい気がして口を閉じる。
センパイもオレに顔を向けていて視線がかち合った。その表情がどことなく軽蔑するような渋面みたいな気がして焦った。

一方で、これでもう六人そろって遊びに行けると確信したらしい愁は、「で、どうします?」と後押しをかねた最終的な確認をした。
ところが、センパイから出たのは意外な言葉だった。

「風呂場出た先の奥のほうに新館に繋がる廊下があるっしょ。風呂上がったらさ、そこに来て俺らの誰かにメールか電話してもらえれば迎えに――」
「あの、俺はいいよ。ま、間に合ってるから、そういうの……」
「え!?」

愁たちと、そしてオレまで同じトーンで声が揃った。
断られるのは当然予想してた。けれど、その断り方が予想外だった。
――間に合ってる?間に合ってるって……何が?
誰かが放った「部長、もしかして彼女います?」のひと言が遠くに聞こえる。
センパイは笑ってそれをやんわり否定したけど、そうじゃないとしたら、一体どういうことなんだよ。

「……エーちゃん。おい、エーちゃん?」

奏兎に肩を叩かれてハッとした。
ふすまが閉まる乾いた音がして、センパイが部屋を出て行ったことを知った。

「マジでどうした?具合でも悪い?」
「……オレ、もう寝る」
「え?だって女子大生――」
「いや今日疲れたし、これ以上騒ぐ余力ねーから」
「あーそっか、昨日バイトだったって言ってたっけ。いいよ、向こうには適当に説明しとくから」

奏兎もバイトしてるからか親身に気遣われた。昨日は昼上がりだったのに、フルで働いたんだろ?みたいな労われ方をされた。
それにオレが行かなきゃ奏兎はあの犬系女子に気兼ねなくアプローチできるわけだし、なんとかオレを連れてこうって気もないみたいで好都合だった。

「ま、俺らも消灯前には帰ってくるわ。先生来たらやべーし」
「……ああ」

そうして出て行った愁たちと入れ替わるように、風呂に行ってたヤツらが戻ってきた。
空っぽの大部屋を見回して由井が怪訝そうな顔をする。

「あれ?寒河江だけ?」
「あいつら出かけてる。……センパイは?」
「部長だけ来るの遅かったから、もうちょっとかかると思うよ」

風呂に行く前のしかめっ面を思い出す。
まさか合宿で女を引っ掛けるようなチャラいヤツだと思われた?……何故か、昨日の兄ちゃんのニヤついた顔を瞬時に思い出して腹が立った。
着替えや洗面用具を片付けた由井は、あくびをしながらオレを振り返った。

「で、神林たちどこに行ってんの?」
「……あいつら、消灯時間までには戻るって言ってたから。まあ心配ねーと思う」
「あっそ」

聞いてきたくせにどうでもよさそうに相槌を打った由井は、自分が寝る布団だけ敷き直し、きっちり皺を伸ばして整えた。
由井のこの様子だと先生の見回り自体なさそうな感じがする。
さっきのことを考えるとどうにも落ち着かなくて、オレはスマホを掴んで立ち上がった。

「センパイ迎えに行ってくる」
「ふぅん……おれ、先に寝てるから」

迎えに行くなんてどう考えても変なセリフなのに、由井はそれ以上何も言わずに布団に潜り込んだ。


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