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休憩から戻ったらすぐに女子大生の話をするのかと思ったけど、誰もセンパイに誘いを持ちかけなかった。
まあ、他の部員や先生がいる中で話すことでもないし。このまま話すことなく計画が流れるのがオレにとって一番いい。

それから道具の片付けと掃除をして夕飯の時間になった。
食べる前に部長から「今日は一日お疲れ様」のひと言。そして重要な連絡っていうから何かと思えば、入浴時間の確認――だけじゃなかった。

「入浴前に時間が空いてますね。えー、夕食後の腹ごなしをしたい人は外に出ましょう」
「腹ごなし?」
「海岸で、花火をやろうと思います!」

これには素で驚いた。センパイ、自分の荷物や書道具以外に花火まで持ってたのかよ。どうりで手荷物が多いはずだ。
こんなお遊び企画まであるなんて全然気づかなかった。他の部はどうだか知らないけど、合宿ってこんな楽しんじゃっていいわけ?
しかも花火は毎年恒例らしくて、宿の人もそのつもりで必要なものを貸してくれる手はずになっていた。
それはきっと今までの先輩部員が、問題を起こさず礼儀正しく宿を使ってたおかげなんだろう。
書道部、なかなか侮れねえな。いろんな意味で。

大量の花火を全員でそれぞれ分担してオレらは宿の玄関をくぐった。
外は、べたつく風はそのままに、日が落ちたからか夕方より暑さは和らいでた。あたりはまだ人の顔を判別できるくらいには明るい。
宿の人にバケツとライターを借りに行ったセンパイを待っていると、少し遅れて出てきた。

「センパイ、こっち」
「ん?あ、みんな待っててくれたの?遅くなってごめんね」

全員そろったことを確認して出発する。オレは、携帯用LEDライトで足元を照らすセンパイの隣に並んだ。
宿から海岸に向かって緩やかな傾斜で下っていて、自然とオレらの歩みは速くなった。小磯を先頭に愁たちなんか小走り状態だ。

部員が迷わないようにセンパイは一番うしろをゆっくりめに歩いてる。オレもその歩調に合わせて他愛ない話を重ねた。
歩いてるうちに街灯や民家の明かりがはっきりしてきた。だんだんと波の音が大きくなる。鼻から息を吸い込んだら潮の匂いが強く香った。
妙な感じだ。通学路じゃない道を、こんな時間にセンパイと歩いてることが。

「センパイは明日、海行くんですか?」
「行くよ。先生と別行動だから引率代理も兼ねてるけどね」

普段はたいして部長っぽくないのに、こういうとき代表として頑張ってる姿はやっぱり上級生だと実感する。
三年がセンパイだけだからか一人で背負いすぎなんじゃねえのって心配になるのは、オレがこの人に別の感情を持ってるせいなのか。
ちらっと隣を見たら、センパイは急に子供っぽい無邪気さをのぞかせた。

「スイカにー花火にー……海!うわ、超夏じゃない?夏満喫しちゃってない?」
「ですね。オレ、書道部がこんなにオイシイ部活だって思わなかったですよ」
「でしょ?でもなんか人気ないんだよなぁ。活動は緩いし合宿は海だしで最高なのに……」
「それさ、たぶん男ばっかのオタク部ってイメージが強いせいだと思いますよ」

オレの言葉で大げさな驚き声を上げるセンパイがおかしくて、つい笑い声が出た。
女子が集まらない理由の一端を知ってがっくりするセンパイ。
仮に女子部員がいたとしたらセンパイがセンパイじゃなくなりそうだ。だからオレの知り合いや友達女子には書道部の悪評を訂正しないままでいる。

センパイは残念がってたけど、女どころか男も増えてほしくない。それはそれでセンパイは大歓迎して、オレと接する時間を減らしそうだから。
そんな思いから、いつもと違う状況に乗じていつもは言わないような言葉がぽろりと零れ出た。

「あと……あんま人増えると、センパイ、他のヤツの面倒ばっかみるし」
「うん?うん」
「オレのこと構ってくれなくなるから、寂しいじゃん」

突然、ガン!という鋭い音が夜道に響いたから慌ててセンパイを見た。
スゲー音がしたから何かと思ったら、手に持ってる金属バケツを蹴っただけみたいだった。

「そ、そんなことないよ!いやいや俺のほうこそ寒河江くんに構ってもらえないと困るんですけど!」

困るって、何が?……ほのかな期待に胸の奥がざわつく。

「まだ教えてもらわなきゃいけないことあるし、眉カットとか自分で出来ないし」
「はい」
「は、初めて行く場所とか怖くて無理だし」
「うん」
「……えっと……」

続きの言葉を待ったけれど、それ以上『構ってもらえないと困る理由』は繋がらなかった。
他には?って促そうとしたのに、センパイは突然遠くを見やって慌てはじめた。
いつの間にか先頭集団とかなり間が空いていて、オレら二人だけが列から切り離されていた。

「あれっ!なんかめっちゃ離れてない?い、急ごう寒河江くん!」

海も砂浜もなくならないし別に急ぐことないのに、センパイが走り出す。まるでオレから逃げるような足取りに溜め息が出た。
どうして近づくと逃げていくんだよ。オレは追いかけるばっかりだ。ほしかった言葉はそんなのじゃない。

「……それだけじゃ、足りねえよ」

センパイの背中に向けて投げたつぶやきに、返答はなかった。


――花火は十分そこそこでほとんどなくなった。めまぐるしく次々消費したから何をしたのかあんまり覚えてない。
花火で宙に字を描いてアプリで撮る、ってやつをやってみたけどうまく撮れなかった。
何かコツがあるんだろうけどハイになっててゲラゲラ笑いながらだったし、完成度はどうでもよかった。ただ、男だけでバカみたいに騒ぐのが楽しかった。

そして花火残り一袋のところで一旦やめて、せっかく海のそばに来てるんだしってことで裸足になった。
こういうのを嫌がりそうな由井も今日はテンションが上がってるらしく、靴を脱いでズボンの裾を捲り上げた。
海に落としたら悲惨なことになるスマホ類を靴と一緒に砂浜に置き去りにして、服が濡れるのも構わずにそれぞれ浅瀬をザブザブと蹴り上げた。

「うお〜っ、波だ波!」
「早く泳ぎてー!」
「ちょっ……お前、股間に水かかったんだけど!俺めっちゃ漏らしたみたくなってね!?」
「このあと風呂入るんだからいーじゃん」

奏兎がアホなこと言い出したところに愁がテキトーに返すのを聞きながら、暗闇にまぎれるセンパイの姿に目を凝らした。
センパイはおそるおそるって感じで波打ち際に足を浸し、直後にビクッと肩を跳ねさせた。

「つつつめたっ!うわ、わわっ転ぶ転ぶ!」
「何してんですか」

海水の冷たさに驚いたと同時に引いていく波の力が思いのほか強かったみたいで、体勢を崩しそうになったセンパイを脇から支えた。
センパイは「あ、ありがと……」と恥ずかしそうに言ったあと、そのままオレのTシャツを掴んでバシャバシャと足踏みをした。

「今までの合宿、夜はこんな風に海入らなかったんだよね」
「そうなんですか?」
「うん。なんかねー、花火だけだった。なんでだろ?」
「オレに聞かれても」

毎年同じ場所に来ても、そのたび違うことが起こる。センパイはそう言いたかったみたいだ。
波で不安定な浅瀬をもつれ合いながら歩く。
黒い海水は砂を浚って抉り、足が徐々に埋まる。隣でセンパイが、うひひ、とくすぐったがるような変な笑い声を上げた。

もうすぐ一日が終わる。時間が経つのが早い。
部活だってこのまま長くは続かない。三年生は引退が迫ってる。
オレはもっと、センパイとの思い出がほしいのに――。


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