16


スーザン騒動がきっかけで全員マジメに練習する気がなくなったから、あとは半分遊びながら活動をした。
先生も麦茶片手にニコニコ笑うだけで注意しなかった。つくづくユルい部だな、マジで。

おまけに、いつもは書道に厳しい由井も珍しく練習そっちのけで、センパイにべったりのまま部活とも文化祭とも関係ないことを喋りっぱなしだった。
緊張して部長とうまく話せないってしおらしく弱音吐いてたのはなんだったんだよ?ってくらい生き生きしてる。
よくわかんねー専門用語をぺらぺら喋る由井にセンパイはいちいち受け答えして、それがまた由井にとって嬉しかったらしい。
字体がどうのゴゴンゼックのジョーフクの余白がなんたらかんたらと、書道オタク同士、話が通じ合うみたいで二人は楽しそうだった。

そのあと三時に差し入れがあって、冷えたスイカにみんなで飛びついた。
部屋の隅に小さく固まってシャクシャクと無言でスイカにかぶりつく光景が面白かったから、スマホで写真を撮っておいた。
オレに気づいた愁がアホ面してポーズ取ったんでそれも撮る。オレに続いて他のヤツらも順番に記念撮影しはじめた。

そうだ、こうやって合宿の思い出ってテイで撮れば堂々とセンパイ撮り放題じゃん。
ひらめいたオレは、以降はことあるごとにスマホを向けた。
撮られることに関して特に気にも留めてなかったセンパイだけど、ときどきオレに気づいて笑顔でVサインを向けてくれた。


やがて夕飯近くなった頃、休憩時間になった。
ほとんど遊んでたから休憩もなにもないけど、日程表で休憩ってなってるから一応その通りにしただけって感じ。

「エーちゃーん、ジュース買いに行こーぜー。外んとこに自販機あったっしょ」

奏兎がオレの背中にのしかかりながら肩に腕を回してきた。
センパイは由井とずっと書道話で盛り上がってて、聞いてたところで分からないし話にも入れないから頷いた。
オレが立ち上がると愁、正毅、祥馬もぞろぞろ付いてきて、オレらは小銭だけ持って大部屋を出た。

遊んでたっていっても大部屋からは出なかったし、宿の廊下を歩いてるだけでもかなり気分転換になった。
まだこの時間だと客の出入りが頻繁で、すれ違う人に「ちわーっす」と軽く挨拶しながら玄関から外に出た。
時計の針は夕方だけど空はまだ明るくて、昼間と変わらない暑さだった。

「まだ全然あっちーな」
「夜んなってもずっとこんな感じじゃね?海のそばだし」
「それ海関係なくね?あー、明日楽しみ」

どうでもいいことをダラダラ喋りながら、宿の敷地内に設置されてる新しめの自販機の前まで来た。
並んだ飲み物をざっと見て、オレはサイダーに決めた。炭酸の刺激でこの纏わりつくような暑さをすぐにでも和らげたい。
正毅が買ったあとに小銭を投入口に入れようとしたそのとき、汗で滑って十円玉をうっかり落とした。
硬貨はチャリンという音をたてたあと、うしろのほうに転がっていってしまった。

「あ、やべ」
「おーい何やってんだよエーちゃーん」

愁に笑われながら十円玉を追いかけると、その先に女のグループがいた。浮き輪やビニールバッグを持ってるあたり、どう見ても海水浴帰りですって雰囲気だ。
そのうちの一人の足元に転がっていった硬貨は、細い指で拾い上げられた。当然のようにその彼女と目が合う。

「ごめん、ありがと。それオレの」
「うん、そっちから転がってきたの見てたよ。はい、どうぞ」

オレの胸あたりの高さにある頭は黒髪の内巻きボブで、大きい垂れ目の人懐っこい笑顔がどこか犬っぽい人だ。
潮風で膨らむ薄手の白トップスはまさに清楚系って感じがして、センパイの『理想の彼女像』に少し重なる。
彼女から十円玉を受け取ってさっさとジュースを買おうと思ったのに、いつのまに来たのか奏兎が背後から肩に腕を回してきた。
オレを挟む形で愁まで横に並んでさっそく喋りはじめる。

「こんにちはー!お姉さんたち、海帰りっすか?」
「そうだよ。キミたちもここに泊まり?」
「そっす。部活の合宿で今日来たとこ」
「え〜っ!もしかして高校生!?うそぉ、みんな大人っぽいね〜!同じくらいかと思った!」

聞けば彼女らは短大の一年生で、サークル友達六人でここに旅行に来ていて、明日帰る予定らしい。
女子たちは単にノリがいいのか旅行で開放的になってるのか、正毅と祥馬も合流したら会話が途切れなく弾んだ。
レベル高めの女子集団との出会いに愁たちは嬉々として食いついてたけど、オレは話を振られても適当に相槌を打つだけだった。

「俺らも明日海行くんすよー。どんな感じでした?」
「うちらが行った海の家、激混みで最悪だったぁ。あ、でもカキ氷はフレーバー多くて美味しかったかも」
「マジっすか〜!カキ氷超すき!すっげ楽しみになってきた!」

そんなことより早くジュース買いてーんだけど……。
いい加減のどが渇いてダレてきたから肩をホールドしてる奏兎のウザい腕を外した。
ところがオレが動こうとしたそのとき、犬系の子が慌てたように早口で話しかけてきた。

「ね、ここで話すより、私たちのとこに遊びに来ない?部屋、けっこう広いんだ」

完全にオレに向けて言ったセリフだけど、奏兎のほうが大げさに喜んで応えた。

「えーっ、マジで!?いいの!?」
「うん。うちらトランプとかボードゲームとか色々持ってきてるし、遊びにおいでよ」

犬系の子の言葉を受けて他の女子も「そうしなよ」と乗り気になる。
こういうライトなノリ、嫌いじゃないけど今はいらない。
犬系の子がやたら近くで見上げてくるし。ホントに興味津々の犬って感じ。これ系の感じは奏兎の好みのはずだったからオレに向けられても困る。
だいたい、センパイとの時間を削ってまで知り合ったばっかの女子大生と遊びたいなんて思わない。ぶっちゃけマジで微塵も興味ない。

女子たちは新館のほうに泊まってるそうで、時間は〜場所は〜なんて愁たちと勝手に話を進めていた。
そこで一旦別れて、オレはようやくサイダーを買えた。我慢できずにその場で喉を潤してたら、奏兎がニヤけながら小突いてきた。

「で、どーする?」
「どうするって?」
「ほら、あっち六人っつってたじゃん?こっち五人だし、もう一人誘う?」
「あー……」

心底どうでもいい。ていうかオレは行くつもりない。そう言おうとする前に愁がパチンと大きく指を鳴らした。

「スーザン先輩誘えばいいじゃん!」
「はあ!?」

とんでもない提案にものすげー変な声が出た。何故かオレを除く全員が納得の顔で頷いてる。

「いや、センパイはダメだろ。由井か小磯誘えよ」
「由井はないわー。アイツ、可愛い顔して女方面ちょーぉ冷めてんじゃん。小磯は……ガキくせーっつか童貞君っぽいしなぁ」

それを言ったらセンパイだって同じなのに。
たしかに由井は女の話題になると冷めた目で見下してくる。愁たちは知らないが、あれはそっち方面に関してうんざりするほど嫌な目に遭ってるからだ。
かといって一年のどっちかってわけにもいかないから、そうなるともうセンパイ以外ないって流れになってしまった。

「いーじゃん。スーザン先輩イケメンだしノリいいし、いきなり連れてっても女子たち喜ぶっしょ」
「……や、あの人ああいうの無理だし、誘ったとこでぜってー断られるから」
「そーなの?なんでエーちゃんそんな言い切れんの?聞いてみなきゃわかんねぇだろ」

正毅に疑いの目を向けられた。
オレとしてはそういう『出会いの場』みたいなところにセンパイを連れて行きたくなかった。
犬系のあの子は、外見だけでいったらセンパイの好みにほぼ当てはまる。せっかくオレに傾いてるはずのものがそっちに行きそうでイヤだ。

それに、そう――センパイは今やはっきりイケメンと言えた。
あの人は中身がアレだし、数ヶ月前の冴えない姿を知ってるから手放しで褒めるのは違和感があるけど、狙い通りの爽やか系になってる。
今、初見でセンパイに会った女は間違いなく好印象を持つはずだ。喋った直後に幻滅されるとは思うけど。

「じゃあさ、一応誘ってみて断られたらやめるってことにすりゃいいじゃん。なっ?」
「……無駄だと思うけど」

妥協案を出した祥馬に対してもしつこくグズつくオレ。だってイヤなものはイヤだし。
だからせめて、センパイがOKしたらオレもついて行くことにした。自分がそばにいればまだマシだ。

「エーちゃんはほんと、スーザン先輩に懐きまくりだよな。気持ちはわかるけどさ」
「たしかに。いいよな先輩、面倒見いいし優しいしで和むわ」

懐いてるんじゃない。好きなんだよ。どうしようもなく。


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