15


合宿当日の朝、駅集合だからいつもみたいにバスの中でセンパイに会えるかと思ったのにいなかった。
オレが駅に着いたとき、改札からちょっと離れた空きスペースにセンパイと顧問の先生、由井、それと一年の二人がいた。

「おー来た来た、こっちだよー!」
「おはよーございます」
「おはよ、寒河江くん!」

久々に会えたセンパイはめちゃくちゃ可愛く見えた。だけどオレに挨拶だけして、すぐに先生と何か打ち合わせ的なことをしはじめちゃったもんだからガッカリした。
そしたら由井に手招きされた。通行人の邪魔にならない場所に全員の荷物をまとめてあって、由井はその管理をしてるらしい。

「寒河江、早いね。あ、荷物ここ置いて」
「他のヤツは?」
「須原は来てる。あいつ、時間勘違いして一時間前に来てたんだって。今コンビニ行ってる」
「あー、だからオレんとこにメッセ来てたのか」

『エーちゃんどこ?』っていうメッセが飛んできてたけど、ちょうど朝飯とか出かける準備してて忙しかったから返してなかった。
あのときもう来てたって、はりきりすぎた小学生かよ。奏兎はときどきセンパイを上回る天然をやらかすことがある。
一方でセンパイは部長だからと集合時間より四十分前に来て、奏兎と一緒にみんなを待ってたんだとか。

それから五分もしないうちに他のヤツらが来て、一人も欠けることなく合宿地に向けて出発した。
乗り換えた電車の中で、さりげなさを装ってオレはセンパイの隣に座った。するとセンパイのほうから話しかけてきた。

「なんか会うの久しぶりだね」
「そうっすね」
「寒河江くんは休み入って何してた?」
「ほぼバイト。センパイは?」
「うーん……別にこれってことはないなぁ。家で書道したり夏期講習行ったり、普通に友達と遊んだりとか……」

相変わらず女っ気がなさそうなことを確認してホッとする。
この電車は目的の駅に着くまで乗りっぱなしだってのが分かってるから、センパイの隣で長めに話していられる。
電車の揺れで汗ばんだ腕がくっつきあえば、それだけで心拍数が上がった。

キスがしたい。もっと言えばエロいこともしてみたい。
発想が中学生のセンパイがどの程度エロいかは知らないけど、オレのほうは好きな相手と色々したいと思ってる。男だしそこはある意味当然っつーか。
汗と素肌の感触で想像力がリアルな生々しさを増す。……合宿はじまる前からこんなんで大丈夫かよ、オレ。

「あっ、海、海!海見えた!」

急に愁が遠くを指差しながら大声を上げたからオレとセンパイは同時に外を見た。
たしかに車窓から広い水平線が見えて、ついに来たんだと実感した。
潮騒までは聞こえないけど、水面に波が立ってるところを見たら期待値はガン上がりだ。
もちろんオレだけじゃなくてメンバー全員が興奮気味に騒ぎはじめた。
それを慌てて治めようとしたセンパイだけど、センパイもやっぱり興奮が抑えきれないみたいだった。


電車を降りて改札を抜けた途端、湯気が立ち上りそうな暑さとセミの大合唱に迎えられた。
まだ午前中なのにこの殺人的な猛暑っぷりはヤバすぎる。
太陽から降り注ぐ紫外線がキツイ。キャップを目深に被って遮ってもなお暑くて汗が止まらない。

「はいみんな聞いてー!ここから歩いて宿に向かいまーす。だいたい三十分くらいかかるから、もし途中で具合が悪くなったらすぐ言ってね!」

そう言って先導するセンパイ自身は大丈夫なのかって心配になる。
先を行こうとするセンパイに小走りで追いついて肩を並べた。こめかみや首筋に汗が流れ落ちてるものの、本人は元気そうな足取りだった。

「潮の香りすごいね。めっちゃ海来た!って感じするよね」
「しますね」
「宿は海から離れちゃうんだけどね」

重そうな大荷物を肩に掛けて迷いなく道を歩くセンパイは、ほんとに『部長』って感じがした。
オレは初めて来た土地でセンパイについていくことしかできない。見慣れない景色が珍しくて、歩きながらごちゃついた町並みをそれとなく見回した。

――そのあとは普通に合宿だった。
宿に到着したらカレー食って、ミーティングで文化祭のパフォーマンスビデオ見て、文化祭の内容でモメて決着がつかないまま練習になった。

いつもの部活と同じく書道を教えてもらうためにセンパイに付き従う。
センパイが墨を磨る音が好きだ。耳を澄ませると小さくサリサリという涼しげで心地いい音がして、その間は暑さを忘れられる。
新鮮な墨の匂いに刺激されて頭の中がくらくらとした。

そうやってぼーっと墨磨りするセンパイを見てたら、文化祭のことを聞かれて慌てて意識を戻した。
実は何も考えてなかったなんて言えないから言葉を濁す。パフォーマンスのインパクトが強くて展示のことなんて全然頭になかった。
難しく考えなくていいからね、と優しくフォローしてくれるセンパイには悪いけど、そっちはあんまり力を入れる気にならない。
センパイに相談しながらテキトーにやればいいか、とぼんやり考えながら話してたら由井がいきなり乱入してきた。

書道オタクの由井が熱弁してることの半分くらいしか理解できなかったけど、とにかくセンパイはすごい先生の弟子でマジですごい人らしいってのは分かった。
由井の表情が一気に晴れやかになる。ずっと胸につかえてたものが取れたみたいだ。
ついでにセンパイの手を握り込んだのはオレ的に見逃せなかった。オレだってこの人の手を握りたいのにそんな簡単にやりやがって、ムカつく。
だけどそうされてセンパイのほうも困った顔でキョドりはじめたから、すかさず由井の気を逸らした。

「由井さ、盛り上がってるとこ悪いんだけど……その、ガゴウ?って何?」
「雅号は書道家としての名前。芸名って言えばわかる?」
「あーそういう感じね。わかるわかる」

おざなりに頷いてなんとなく話を合わせたら、由井は勝手にオレの墨汁と半紙を使って雅号の説明をした。
なるほど、センパイのフルネームが『楠 崇文』だから、『楠 螢文』、『楠 崇山』……崇山……たか?いや、崇高の『すう』か。すうざん。すうざん、ね。

頭の中で反芻してたら思わず口に出していた。
そこから何故か『スーザン先輩』っていうあだ名が定着して、オレはセンパイに文句を言われた。
いや、オレじゃなくて元々は由井のせいじゃん。
……って反論しようとしたけど、センパイが「寒河江くんのせいだ……」とか言いつつ唇を尖らせて拗ねるのが可愛かったから、オレのせいでいいかって思った。


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