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期末テストを終えて一学期の終業式も過ぎ、八月に入った。
夏真っ盛りの昼間、オレはガンガンにクーラーのきいたレストランでバイト中だ。
店内は冷えていても、ホール担当だからオーダー受けたりテーブル片付けたりお冷やを注ぎ足したりと、常に動いてるから暑い。
おまけにニンニクやスパイス類の強い香りが充満していて余計に暑い感じがする。
南欧風地中海料理のメニューが多いこの店は、トマトや魚介類がたくさん使われていて皿の上が色鮮やかだ。

夏休みのオレはランチタイムの手伝いが主で、十七時からのディナータイムにも時々出ていた。
あとは、同窓会や暑気払い、ミニリサイタル付き食事会みたいな貸切り時の手伝いも頼まれたりする。

「空いたお皿、お下げしてよろしいでしょうか」

ランチタイム客のテーブルに乗せられた食器を、型通りの台詞をひと声かけて回収する。
厨房に下がると、重ねられた皿を片付けていた姉ちゃんがオレを振り返った。

「ヒサ、あとはこっちでやるからもう上がっていいよ。明日の準備あるんでしょ?」
「まじで?サンキュ、姉ちゃん」

このレストランはおじさんが料理長でおばさんがホールを仕切ってた。
でもおばさんは二年くらい前から腰を痛めて店に出られないってことで経理に専念するかわりに、オレにバイトの話を持ち込んできた。
物心つく前から自分ち同然に出入りしてた店だし、小遣い稼ぎにちょうどいいってことで高校進学を機に手伝いをはじめた。
個人経営で従業員もほぼ身内ばかりのレストランだから、オレの都合に合わせて融通を利かせてくれるところが気楽でいい。
ちなみに今この店は、姉ちゃんと姉ちゃんの旦那さんが実質現場を切り盛りしてる。

そして姉ちゃんが気を利かせてくれた『明日の準備』だけど――オレは明日から、一泊二日で書道部の合宿に行く予定だ。

腰に巻いたオリーブグリーンと白ストライプのエプロンをはずして厨房の奥にある休憩室に行くと、兄ちゃんが漫画雑誌を読んでる最中だった。
椅子に座った兄ちゃんは、雑誌から目を離さないままオレに向けて話しかけてきた。

「おー、ヒサ。もう上がり?」
「そ。明日から合宿だから。まだなんも用意してねーんだよ」
「なんだっけ、書道部?シュウとカナも一緒なんだよな。どこ行くの?」
「海の近くの民宿だってさ」

去年のダンスバトルファイナルに行ったとき兄ちゃんは愁と奏兎と知り合って、何度かダンスレッスンをした。
弟が増えたみたいだって兄ちゃんはまとめて面倒みてくれたけど、今のとこオレがダンスやめてるから最近は四人で会ってない。
兄ちゃん、今は早すぎる休憩中らしい。実家だからっていうより、どこでもこんな感じの超マイペース。
オレがロッカーからバッグを出して肩にかけていると、兄ちゃんは最後まで読んだ雑誌をぺらぺらめくってまた最初から読みはじめた。

「海いいなァ。俺も行っていい?」
「オッサンが高校生に混じる気かよ」
「俺ぇ、心は永遠の十代だもぉん」
「その言い方がもうオヤジくせーんだよ」
「やっだぁ〜いまどきのコーコーセーこわぁ〜い」

口を大きく開けて笑う兄ちゃんは陽気だ。いつもこんな調子だから兄ちゃんが怒ったところなんて見たことがない。
オレのイトコである兄ちゃんは、編みこんだ長髪をうしろできつく縛ってかろうじて清潔感を保ってるが、体中ボディピアスだらけで腕にタトゥも入ってる。
だからホール担当をさせられなくて、厨房アシスタントをしてるって話だ。
そんな兄ちゃんのせいでオレは耳ピアスを禁止されてる。禁止っつーか、目に付くところに穴開けたらバイトさせねえぞって姉ちゃんに言われただけなんだけど。

「おみやげ楽しみにしてっから」
「買ってこねーし。荷物増えんのヤダし」
「冷てえなぁ。あーあ、明日からヒサは、ビキニのエロねーちゃん引っかけまくってパコり三昧かーぁ。羨まし……」
「しねーよ!!」

自分でも驚くくらいでかい声が出た。兄ちゃんもオレを見上げて目を丸くしてる。
兄ちゃんは雑誌を閉じて立ち上がると、オレの肩をポンポンと宥めるようにして叩いてきた。

「んだよ、冗談だって。お前がそんなヤツじゃねえのは分かってっから怒んなよ、ヒサ」
「…………」
「お前どうした?あ、もしかしてアレか?部活に好きな子でもいるってか」

それは兄ちゃんなりの場を和ませるための軽口だってことはわかってる。だけど、本当のことを言い当てられて顔が強張った。
兄ちゃんにもそれを悟られたらしくて、気遣うみたいな困り顔をされた。

「あー……マジで?悪かった、ごめんな。で、どんな子?写真ある?」
「うっせーな、知らねえよ」
「やっべぇ〜青春してんなぁ、お前。俺も高校生に戻りてぇ〜。……うん、まぁなんだ。うまくいくといいな」

楽しんで来いよ、と兄ちゃんが送り出すようにしてオレの背中を軽く叩く。
返事なんかしたくなくて無言で裏口から店を出た。
兄ちゃんは若気の至りで失敗した経験が多いから、オレにとっていいことも悪いことも、大人の話も教えてくれる。
特に中学時代の一番つらかったときには誰より親身に支えてくれた、本当の意味での兄だ。
その兄ちゃんにガキっぽい恋愛感情を見抜かれたのが恥ずかしくて、腹立ちまぎれに家に帰り着いた。

楽しんで来いだって?明日から合宿なんて――楽しみどころか、怖いくらい浮かれてる。
センパイとひと晩一緒なんだって考えるとマジでヤバイ。まあ他の部員もいるけど。
学校じゃない場所で部活して、メシ食って、海遊びして……日程表によると風呂は別だけど、風呂あがりのセンパイが見られる。
夜は、隣の布団ゲットしてそばで寝られるかもしれない。夜更かしして二人で話ができたりする?
寝起きのセンパイってどんな感じなんだろう。寝相はいい?悪い?

今のオレはセンパイを笑えない。オレのほうが童貞くさい期待で頭がいっぱいだ。

公園でデート練習したときに自覚したセンパイを好きだって気持ちは、素直に受け入れることができた。
由井に降りかかるトラブルを間近で見てきたオレは、男が男を好きになることに対して「そういうこともある」と思っていた。
あいつは年齢や男女関係なく恋愛感情を持たれて、そのことに最初は驚いたけど次第に慣れた。
そういうものだと柔軟に受け入れないとストーカー対策が間に合わなかったから。
だから、オレが男のセンパイを恋愛対象として見ることだってあり得る話だと思った。

間違いや気の迷いで済ませるには、オレの気持ちは大きすぎる。
それに、少し希望が持てるだけに抑え込むのも難しい。
センパイはオレのことを恋人役として意識してる、らしい。そこにどうにか付け込めないかって、ずるいことを考えてるオレ。

「くそっ……」

自分の部屋でスマホに入っているセンパイの写真を開いた。
書道してるセンパイの写真。もう、これを見るだけでたまらない気持ちになる。
気持ちを自覚してこの約一ヶ月、センパイのことばっかり考えてる。テストも手につかないくらいだった。
放課後が待ち遠しいし、会えない日はテンションが下がる。夏休みに入ってからは毎日がもどかしい。

部活に好きな人がいるなんて中学のときと状況が似ていて、ためらいがないとは言えないし複雑でもある。けれど前みたいにはしない。後悔したくない。
センパイの顔が見たい。話したい。
早く明日にならないかと、急いた気持ちでバッグに着替えや水着を押し込んだ。


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