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途中で休憩を挟みつつ遊び倒したあと、一度駅に戻って構内のコンビニに食べ物を調達しに行った。
死ぬほど腹減ったから炭水化物系を選んで買ってきた。
弁当とパンとおにぎり。示し合わせたわけでもないのにセンパイも似たような昼メシだ。

公園に戻ったら、芝生には行かないで池のそばにある木製ベンチに腰を落ち着けた。
日差しが照りつけるせいで空いてたみたいだけど、オレらが来たときには太陽の向きが変わってちょうど木陰になっていた。

「あーっ、めっちゃ疲れた!俺もう明日ぜったい筋肉痛だよー」
「ですね」
「うそだー、寒河江くん余裕だったじゃん」
「手抜きとかしてないですから。マジで」

まさかバドミントンひとつでこんなに盛り上がるとは思わなかった。
センパイがあんまりにも楽しそうだったしオレも集中してたから、止め時を見失って昼を大幅に過ぎていた。

夏目前の今日は天気はいいけど蒸すような暑さで、デオドラントシートで拭いてもなかなか汗が引かなかった。だけど気持ちいい汗だった。
空腹を一刻も早く満たしたくて二人してしばらく無言でメシにがっつく。
ひと通り腹に収めたらようやく落ち着いて、ベンチの背もたれに寄りかかった。同時くらいに食べ終わったセンパイも空き容器をまとめながら笑った。

「こういうのって楽しいね」
「本番ではこんなガチバトルやんないでくださいよ。引かれますから」
「本番?」
「だから女子と来たら……って、なんで目的忘れてんですか」
「そ、そうでした」

へへ、と照れ笑いをするセンパイに呆れた。
センパイは、人見知りしないしいじられ上手。だからつい構いたくなる。この人が周りのヤツに好かれる所以だ。
ただしそれは男限定で、女相手だとそれを発揮できないらしい。それができたら彼女なんてすぐ作れそうなのに。
店のレジが女店員ってだけで途端に挙動不審になるくらい、センパイのダメさ加減はひどい。
けれど、センパイにはそのままでいてほしい。この人はこうして男同士でバカやってるほうが合ってる。

「この池、魚いるのかな」
「いますよ、小さいやつが。水濁っててわかりにくいんすけどね」
「へー、詳しいね。寒河江くん、ここよく来るの?」
「……たまに」

何気ない質問だったけどドキッとした。「よく来るの?」の前に「デートで」って意味が含まれてるような気がしたから。
しかしそれ以上聞いてこないで、センパイは前のめりになって水面に目を凝らしはじめた。気づかれないようそっと息を吐く。

センパイにはオレの恋愛経験を言いたくなかった。恥ずかしいとかそういうことじゃなくて、ただ知られたくない。
この公園は、愁たちとストリートダンスの練習で通ってたって言ってもよかったんだけど、そうすると話題が今踊ってない理由に繋がりそうで嫌だった。
センパイも自分のことを進んで言わないけれど、好きな子や気になる人が本当にいないのか疑問だ。
だって、そういう相手すらいないくせに休みの日使ってまで後輩とデートの下見するなんて相当だろ。そこまでする原動力ってなんなんだよ。マジで謎。

「あ、魚いた」
「まじすか。どこ?」
「あそこほら、あっ、跳ねた!」

池を指差しながらオレの肩を掴んでゆさゆさと揺さぶるセンパイ。
揺らされたせいで魚自体は見えなかったけど、光る水面に波紋ができてたからそこで跳ねたんだなってのはわかった。
魚一匹でセンパイがはしゃぐから、それを見たら笑いがこみ上げてきた。こういうとこが無邪気で和む。

「……あのさ。センパイにとっての理想のデートって、どんなのですか?」
「えっ!?理想?」

彼女作りのための参考っていうより、単純に聞いてみたくなった。どこに行っても楽しみを見出せるセンパイが思い描くデートってものを。
するとセンパイはオレと同じようにベンチに寄りかかって首を傾げた。

「うーん……理想って言われると、えーっと、遊園地で……」
「またそれ?どんだけこだわってんですか」
「いいじゃん!遊園地には夢と希望が詰まってるんだよ!」
「まあいいですけど。そんで?遊園地で?」

センパイはしきりにうなじを擦りながら頬を染めてもじもじした。
すぐに返事が返って来ないもんだから、少なくなっていたスポドリを全部飲み干した。
急かすつもりもなく黙って答えを待てば、やがて恥ずかしそうにポツポツ話しはじめた。

「うんと、なんかこう、乗り物……ジェットコースターとか?めっちゃ乗ってわーってして、二人で食べ歩きして……」
「はぁ」

それ別に彼女じゃなくてもよくね?と思ったけど、口を挟まずに先を促した。

「んで、夜になったら、観覧車乗って……」
「乗って?」
「……ち、ちゅー……みたいな?」
「……それで?」
「以上です」
「ベタですね」

すっげーもったいぶって言うからどんな壮大な計画かと思ったら……中学生かよ。
まあそうだよな。結局キスだとかセックスとか、そういうことしたいから彼女がほしいってわけだ。童貞なの気にしてるっぽいし。
なんか、無性にイラッときた。ヤリてーから彼女作るって、センパイがそんな風に考えてると思うとムカつく。
だってオレと遊んでるだけじゃダメだってことじゃん。こんなに楽しいのに。
正直言って、まだできてもない未来の彼女より、オレのほうがセンパイを楽しませる自信がある。

心の中のイラつきをごまかすように軽く笑い飛ばして隣に視線を向けた。その瞬間、出来損ないの笑顔が驚きで固まってしまった。
センパイは赤い顔のまま、オレの口元あたりを凝視していた。それは意識的にか無意識か――オレの唇でキスの想像をしてるんだとわかった。
そして急に気づいた。うなじや腕を落ち着かなさそうに擦るセンパイの癖は、オレを嫌ってるからそうしてるんじゃなくて、好意の対象として意識してるサインだってことに。

思えば最初からそうだった。
センパイは女子と縁がなさすぎるせいで、由井を仮の恋人に見立てた。だから今度は、こうしてデートの真似事をしてるオレを恋人代わりとして見てるのかもしれない。
そう思うと胸が苦しくなった。いつの間にかそれだけ信頼してくれてたってのが嬉しいし、そうなれないのが悔しい。
この人の本当の恋人じゃないのにそう思われて嬉しいって、どういうことだよ。

なんでオレは男で、センパイの彼女になれないんだろう。
キスくらいいくらでもしてやれるのに。経験がないなら教えてあげたい。
センパイはこんなに面倒なヘタレなんだから、オレみたいな……いや、オレじゃなきゃ、まともに付き合えないはずだ。
なのにオレは、この人が求めてる『好み』とはあらゆる面でほど遠い。

「……センパイ」
「ん?」
「行ってみますか、遊園地。オレと」
「えっ、うん!行く!」

即答かよ。
ただのデート練習なのに、オレと遊びに行くことを喜んでるみたいに見える。
そうやって明るい笑顔で何度も頷くセンパイは、ほんとに可愛いと思った。

「つってもオレ、来月けっこうバイトとか予定入っちゃってるんで、夏休みになったらですけど」
「いいよ、都合のいい日わかったら教えて。あっ、それまでに小遣いちゃんと溜めとくね!」

センパイは恋愛に対して鈍いところがあるしモテると思えない。おまけにこの人が語った理想の女子なんてそうそういるわけがない。
オレを恋人代わりにするなら、そうしていてほしい。そのほうがずっといい。
センパイの顔をもっと見たくて近づこうとしたら、ベンチに立てかけておいたラケットが倒れた。その音がやけに大きく耳に響いて、ハッと我に返った。

「あー……っと、まだやります?バドミントン」
「うぇ〜もう無理だよ〜。腕上がんない」
「じゃあその、ラケットですけど……センパイ、持って帰りますか?てか、使ってください」

好きになった子と本番のデートで、って言おうとしたけど言葉が出なくて曖昧な言い方になった。
どう受け取ったのか、センパイが締まりのない顔で笑う。

「いいの?ほんとに?ありがとう!」
「つーかむしろ荷物増やしちゃいました?」
「平気だよー。俺が預かっとくからさ、またこれで遊ぼうよ寒河江くん!」

センパイは、当然のようにオレと使うことしか考えてなかった。他の誰かとじゃなく、オレと。
こんな、適当に買った安物のラケットなんかでって思うのに、楽しかった今日のことを二人だけで共有できたことが、心臓が痛くなるくらい嬉しい。
陽の光を反射する水面がまぶしすぎて、目にしみる。

ダメだ。落ちた、完全に。


――オレは、センパイのことが好きだ。


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