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そして翌日、文化祭二日目。最終日となる今日は、いよいよ我が部の晴れ舞台ともいえるパフォーマンス披露がある。
朝起きて真っ先にカーテンの外を確認したが、予報どおり雨は降ってない。いそいそと支度をして家を出た。
日曜の朝なのでいつもの時間でもバスはガラガラ。乗客のほとんどが同じ学校の生徒という具合だ。

「寒河江くん、おはよう!」
「おはようございます」

途中のバス停で乗ってきた寒河江くんが俺の隣に立つ。そのことにひそかに胸を撫で下ろした。
すれ違い期間があったせいで、彼がバスに乗ってこないんじゃないかとやきもきしてしまう癖は当分治らないかもしれない。
けれど、俺のそういう心情を知っているかのように寒河江くんは頻繁にメッセージを送ってくれる。『いまバス停着きました』なんて、事細かく。

父さんが以前使っていた古い機種がかろうじて使えたので、今週はそうやってメールをしていたけれど、スマホに変えた昨日からメッセージアプリでのやりとりに変わった。
昨日、着物の脱がし合いのあとに、部室でアプリの使い方を寒河江くんに教えてもらった。ついでにその場で書道部のトークグループまで作ってしまった。
ただ由井くんだけはアプリを使ってなくて、そもそもアドレスの交換すら限られた少人数としかしていないことが判明した。
これは彼なりの付きまとい行為対策のひとつであり、誰にでも気軽にアドレスを教えたくないのだそうだ。
俺が「アドレス教えて!」って聞いたときはあっさり二つ返事だったから、そんな風に超厳選してるなんて知らなかったよ……。
それなのに脳内彼氏というアホな遊びに利用しちゃって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。これからはその信頼に応えよう。
古屋にもアプリの話をしたら、あいつもまゆちゃんとのやりとりに同じものを使っているというのでさっそく登録しておいた。

「スマホ、慣れました?」
「だいたいね。昨日はじいちゃんにも使い方教えてもらったよ」
「教えてもらった?って、それフツー逆じゃないですか?」
「だってじいちゃんのがスマホ歴長いし……。シニア向けスマホじゃないんだよ?めっちゃアプリ使いこなしてたもん」

そう言うと寒河江くんが声を上げて笑った。
その笑顔を見てしみじみ思う、ああホント、好きな子と過ごす時間って幸せだなって。

「……寒河江くん寒河江くん。あのさ、時間空いたらでいいんだけど、また昨日みたいに見て回らない?」
「いいですよ」

何か他の約束があって渋られるかと思ったけど即答だった。
今日はパフォーマンスのための諸々の準備があるから昨日のように二人で着物を着ることはできない。でも、今度は宣伝っていう目的なしに純粋に彼と文化祭を楽しみたい。
もしかして寒河江くんのほうも、そのつもりであらかじめ予定を空けてくれてたのかな?考えることが同じだと思うと嬉しい。

学校に着き、文化祭アートのアーチをくぐる。下駄箱で寒河江くんと一旦別れて、SHRのあとに部室へと直行すると、すでに二年部員はほぼ集まっていた。
まずはクラブTシャツと動きやすいズボンに着替える。昨日の失敗を活かして無難な色柄のパンツを穿いてきた今日の俺に死角はない。……なんだよ寒河江くん、その残念そうな顔は!
部員が揃い、しばらくしたら顧問の大沢先生も来たのでミーティングを開始した。

「みんなおはよう!えーっと、前から言ってあるとおり、今日はパフォーマンスの準備からはじめます!」

それぞれに応える声が上がる。ぐるりと見回してみると、みんなやる気に満ちた様子だった。うん、いいことだ。
当日の流れを模したリハーサルを事前にやっているので、簡単な確認のあとは役割ごとに動き出した。
会場準備班と道具準備班の二手にわかれての作業。俺と寒河江くんは会場準備班なので、荷物を持って一緒に部室を出た。

我々が行う書道パフォーマンスは武道場前で披露することになっている。
この武道場、学校の端という非常に辺鄙なところにある。部室棟に近いから準備も片付けも楽だし、スペースも十分な広さがあるのは利点だけど。
ただ辺鄙な場所とはいっても、前日にここで休憩したらしい誰かが捨てたと思しきゴミが結構落ちている。それは毎年のことだから、設営前に清掃からはじめなければならない。

「さて、と……まずは掃除だね!」
「スーザンせんぱーい、拾ったゴミはどーするんですか?」
「ゴミ袋がここにあるから、みんな拾ったら持ってきてねー」
「うぃーす」

班員で掃除をし、きれいになったらブルーシートを広げて風で飛ばされないよう重しを置く。まだ時間が早いので、シートに『土足厳禁・書道部』の貼り紙だけをして終了だ。
他の子がシートを張ってくれている間に、俺は音響の準備をした。
部室から運んできた折りたたみ机を広げて電源ケーブルを引き、放送部から借りてきたマイクと簡易スピーカーがちゃんと動くかどうか点検。
黙々と作業していたら、寒河江くんが俺を手伝いに来てくれた。

「おっ、寒河江くんちょうどいいとこに!ちょっとこのマイクで喋ってみて」
「はい?えー……あー、あー。……こうですか?」
「ごめん、音量調節するからもっかい」

ハウリングしないよう音量をいじる。建物に囲まれてるから音は十分反響するし、ボリュームはそんなに大きくしなくて良かったはず。
聞き慣れた寒河江くんの声も、マイクを通すと初めて聞くような不思議な響きになるな。このアンニュイさ加減がなかなか色っぽい。
マイクテストのあと、今日のために準備した音楽ディスクをためしにかけていると、寒河江くんが顔を寄せながら若干声を潜めた。

「……センパイ、このあとなんか予定あります?」
「ん?特にないよ」
「じゃあ行きませんか?バスで言ってたアレ」

アレっていうとアレか、文化祭デートの続きか!?
たしかにパフォーマンスの時間まで余裕はあるし、ちょうどいいタイミングだ。寒河江くんに向かって何度も頷いた。

「うん行く!行こうよ!あっ、そういえば、まだ行ってないとこってどこだっけ?」
「将棋とか茶道とかの実演系行ってないですね。あーあと、ショートムービー放映とか?」
「俺、それ昨日友達と見たよ。ん、あれ?そういえば喫茶系も行ってない気がする。なんかまだ回るとこあるね!」
「……お化け屋敷、もう一個ありましたけど」
「絶対行きません!!」

もう昨日みたいなのは嫌だ!ノーモアホラー!
断固として首を縦に振らない俺を寒河江くんがからかうように笑う。そんな他愛のない話をしていたら、道具準備班員の由井くんがひょっこりと姿を見せた。
メイン文字を担当する次期部長でもある彼は、下見も兼ねて様子を窺いに来たらしい。

「部長、こっち準備できました」
「わかった、ありがとう!こっちもオッケーだよ。なんか気になるとこある?」
「いえ、このままで大丈夫ですよ。最終的な調整はあとでやりましょう」

おお、すでに部長の風格。由井くんは気合十分っていう頼もしい表情をしている。
今日の由井くんはどんな字を見せてくれるのか、すごく楽しみだ。リハーサルでのものとはまた違った字になるに違いない。

――こんな調子で平穏に浮かれていた俺たちだが、このときは、あとに起こる事態などまるで予想だにしていなかった。


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