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翌週の放課後。
今日は文化祭にやるパフォーマンスのリハーサルがあるので、なるべく全員来るように言ってある。
部室を開けてしばらくしたあと、寒河江くんと由井くんが一緒に来た。二人が連れ立って来るなんて珍しい。だいたいいつも別々なのに。
すでに来ていた他の部員と挨拶を交わしながら二人が荷物を置く。

「お疲れ様です、部長」
「うん、お疲れ由井くん。あっ、そうだ!展示のやつ全員分揃ったんだけどさ」
「見せてください」

見る?と聞く前に俺の言葉を遮り、硬い表情をした由井くんは作品置き場に直行した。
一番上に置かれているのは金曜に寒河江くんが書いた作品だ。
包んでいた新聞紙をめくり、寒河江くんの作品『健全な精神』を見た途端――由井くんがいきなりポロポロと泣き出した。
前触れのない涙に俺も部員たちもびっくり。

「なっ、えっ、ゆ、由井くん!?」

驚いて声をかけたら、彼は俺の胸に飛び込んできた。
いや、飛び込んできたっていうのは大げさだけど、由井くんはそれくらい勢い良く俺の胸倉を掴んで顔を埋めてきたのだ。首が絞まってちょっと苦しい!
その理由がさっぱり分からないけれど、とりあえず由井くんの肩を二、三度叩く。そうしたらますます号泣が大きくなった。

由井くんが泣くなんてとんでもない異常事態である。
寒河江くんに視線を送ってみたが、彼も困惑顔で首を傾げている。なんと、寒河江くんにも見当がつかないらしい。
こんな様子じゃミーティングだのリハだのって雰囲気じゃないので、落ち着かせるために由井くんを外に連れ出した。
部室棟の裏にある木陰なら、ひと気も少なくうってつけの場所だ。

「由井くん?だ、大丈夫?」
「……ずみまぜんぶちょう……」

ものすごい鼻声で謝られた。
ひと呼吸置いてから理由を聞いたところ、由井くんも、寒河江くんの部活動に関して思うところが多々あったのだということが判明した。
それはやはり中学時代のことに起因しているそうだ。

自分が巻き込んだせいで結果的に彼が陸上部を辞めざるを得なかったこと、それにずっと自責の念を抱いていたこと――。
だから由井くんは、寒河江くんが書道部に入ったことに対し内心不安だったようだ。

そもそも寒河江くんが部活をはじめること自体、由井くんは最初から歓迎していなかった。
入部した動機が「ストーカーらしき影を察知したから」というのも気に入らなかったそうだ。
第一に、尊敬している先輩(俺のことだ)を疑われて腹が立ったこと。そして彼が部活動に関して嫌な記憶があることを知っているだけに、当時の二の舞にならないかと心配だったのだ。

それを聞いて、ふと、入部当初の由井くんの寒河江くんに対する厳しい風当たりを思い出した。
ううむ、なんとも婉曲な愛情表現だなぁ……。

ところが寒河江くんが書道部に馴染むにつれ、由井くんも彼のいる部活に愛着を感じていた。
よく遊んだり勉強したりする仲ではあったけれど、趣味で特技でもある書道を一緒にやることは初めてだったのだ。
部長である俺に無礼な態度を取るのはいただけないが、寒河江くんなりに真剣に書に向き合っているところを見ると嬉しくなったのだという。
それでも彼が書道部を辞めたくなったなら、一切引き止めない――由井くんは端からそう決めていたそうだ。

この数日、寒河江くんの足が部活から遠のいているのを見て、ついにそうなったかと思ったそうだ。
彼にはやはり部活動は合わなかったのだと思うと悲しかったし、同時に失望もしたと。
さらには俺と寒河江くんの間に、何か諍いのようなものがあったということも早々に感じ取っていたみたいだ。
寒河江くん本人に聞いても「関係ない」と言うばかりで要領を得なかったそうだが。

先週の金曜日、俺が教室に寒河江くんを迎えに来たのを見て、それでもやっぱり彼には書道部を続けてほしいと強く思ったのだそうだ。
俺たちがあのあとどうなったのか、すごく気にしていたらしい。
俺のケータイは壊れていて通じないし、寒河江くんにも遠慮して聞けずじまいで、悶々としながら過ごした週末。

今日、学校で寒河江くんの様子を見たら機嫌が良さそうにしていたから、悪い結果にはならなかったのだということは分かった。そのうえ寒河江くんのほうから「部室に行こう」と誘ってきたので、書道部との決別は免れたのだと確信してホッとした、と。
そうして出来上がった彼の書を見た瞬間、堰を切ったようにこみ上げてきたのだとか。
寒河江くんが部活を続けてくれたのが嬉しかったし、これまでの様々な思い出も相まって、涙として溢れ出てしまったそうだ。

変な人間に何故か異様に好かれてしまう由井くん。
対処に慣れることはあっても決して平気なわけではないらしい。
気が強いようでいても虚勢を張っている部分はある。しかし寒河江くんがいつでも味方になってくれるから、それが彼にとっての支えだそうだ。
巻き込んでしまうことに罪悪感はあるが、寒河江くんの存在には救われていると、由井くんは恥ずかしそうにつぶやいた。寒河江くん本人には照れくさくて言えないみたいだが。

彼ら二人の友人関係は、表面からは窺えないほど複雑で根が深い。当人同士でしか分かり合えない絆がそこにあるんだろう。
俺も寒河江くんから色々と聞いていたし、由井くんに思いの丈を打ち明けられたことで胸の奥が熱くなった。

「部長のおかげです。寒河江のこと……本当に、ありがとうございました」
「そ、そんなお礼とかいらないけどね。……うん、でも、寒河江くんが書道部を好きになってくれて、俺も嬉しいよ」

部長冥利に尽きるというものだ。今でこそ恋人だけれど、寒河江くんとのはじまりは部活だったから。
なにより、俺たちの縁は由井くんがいたから繋がったんだ。寒河江くんと出会わせてくれたお礼を言いたいくらいだ。
濡れた目元を袖口で拭った由井くんが小さく笑う。そんな仕草も相変わらずキュート。

「すいませんでした部長。あの、もう大丈夫なんで……」
「そう?じゃあ、そろそろミーティングはじめようか」
「はい!」

そんな部長業も、あとは文化祭を残すのみだ。
由井くんへの引継ぎは終わってるし、もうすぐ終わりだ。それでも不思議と寂しさは感じなかった。


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