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俺に引っ張られるようにして動いた寒河江くんだったが、すぐに歩調を速めて隣に並んだ。

「……あのさ、寒河江くん」
「はい?」
「あんな感じの言い方、酷かったと思う?」

女子から明らかな好意を寄せられたのは初めてだったから、断り方なんて考えたことがなかった。
あのぬいぐるみを作るのにどれだけ手間がかかったんだろう。俺は、それを丸ごと突っぱねたんだ。
人の気持ちを受け取れないことがこんなに後味悪いものだとは思わなかった。
さらに追い討ちをかけるような寒河江くんの溜め息が聞こえて、ますます落ち込んだ。

「センパイ優しすぎ」
「ぅえっ?」
「ああいうのに模範解答なんてないですよ。どんな言い方したって結局は相手の受け取り方次第だし」

そうかもしれないが、春原さんみたいないい子に切ない顔をさせてしまったと思うと自己嫌悪で歩みが鈍る。すると、寒河江くんが俺に腕を掴まれながら先を歩くという奇妙な図になった。

「つか、むしろあれ以上の言い方なんてないと思いますけどね。スゲー優しいですって。その気もないのに期待させるほうがもっと酷いでしょ」
「おぉ……さすがモテ師匠」
「なんですかモテ師匠って。……まあぶっちゃけ、センパイは受け取ると思いましたけど」
「も、もらうわけないじゃん」
「うん、嬉しかったです」

寒河江くんは、腕から外した俺の手をそっと握ってきた。見上げた彼の顔には柔和な笑みが浮かんでいる。

「オレは嬉しかったですよ、断ってくれて」
「……そっか。寒河江くんがそう言うなら……うん、それでいいかな」

大好きな彼氏が喜んでくれたなら、良しとしよう。あれはきっと、俺の意思をはっきり伝えるいいチャンスだった。
彼女の気持ちがどれくらいのものだったかは分からないが、俺の言葉に怒るでもなく、泣くわけでもなく、笑って気遣ってくれた春原さん。あんなにもいい子に好かれた俺は果報者だ。
けれど、彼女のせいで寒河江くんとの仲が拗れたからちょっと恨む気持ちもある。好きになってくれてありがとうなんて言えるほど、俺は大人にはなれないみたいだ。
もうモテたいなんて思わない。
俺はこれから、寒河江くんに好きでいてもらえる努力だけをするのだ。その決意の表れとして、握った手に力をこめた。

寒河江くんとずっと手を繋いでいたい気もしたけれど、駅に近づくにつれて街灯も人も多くなってきたから泣く泣く解いた。
帰宅ラッシュで混んでいる五番バスに乗る。バスの中では誰も喋る人がいなくて、俺と寒河江くんも無言で手すりを掴んだ。
バスがしばらく進み急カーブで大きく揺れたそのとき、寒河江くんが唐突に口を開いた。

「……センパイ」
「なに?」
「あの、オレんち、寄ってきませんか」
「……うん、そうしたいなって思ってた」

実は、言われなくても寒河江くんと一緒にバスを降りるつもりでいた。
二人きりになりたくて心が急いている。それはきっと寒河江くんも同じだろうって感じてた。彼の手の甲が時々俺の手に触れるし、俺からも彼に何度も視線を送ったから。
もう慣れた『亀ヶ林小学校前』でバスを降りると、二人して自然と早足になった。

「今日って親いるの?」
「仕事終わりに二人で出かけるって言ってたんで、しばらく帰ってこないです」
「えっ、じゃあ晩ご飯どうするつもりだったの?一人?」
「兄ちゃんがメシ連れてってくれる約束だったんで」

どうやら寒河江くんの両親は頻繁に二人で飲みに行ってしまうようだ。そのたびに彼はイトコや友達とご飯を食べるのだとか。家で一人で食べることもしばしば。
そういうの寂しくないのかなぁと思ったら、「この年で親にベッタリってのも気持ち悪くないですか?」とあっさり返された。たしかに。
俺だって、父さんのことは好きだけど時折その存在が煩わしく感じることがある。彼にとってもそういう干渉しすぎない親子関係が気楽なんだろう。

約束をキャンセルするため、寒河江くんは歩きながらスマホでメールか何かを送っていた。
あ、そういえば俺、ケータイ持ってないんだった。
ここまできちゃったけど父さんへの連絡どうしよう。……まあいいか、あとで考えよう。

そのうちに寒河江くんの家がある大型マンションに着いた。
エントランスのオートロックドアを開けるために彼がカバンから鍵を取り出したそのとき、一瞬息を呑んだ。

――寒河江くんの鍵には、おそろいのゆるキャラストラップがちゃんとついていた。

会わなかった間も彼はそれを外さずにいたんだと思うと、鼻の奥につんとした痛みが走った。
俺が自暴自棄気味にケータイごと投げてしまったのに対し、寒河江くんはずっと手放さないでいてくれたんだ。
彼の気持ちとかそういうものがストラップから改めて伝わってきて、我慢した末に引っ込んだと思っていた涙がいきなりボロッと溢れた。

え、ここで?ここで泣くの俺?タイミングおかしくない?
寒河江くんに気付かれないよう慌てて腕でぬぐう。
同時に垂れてきた鼻水をすすり、泣いてしまったことをごまかすために咳払いをしたら彼が俺を振り返った。
しまった、不自然すぎたか。
けれど寒河江くんは、気付かなかったか気付かないふりをしてくれたかは分からないが、何も言わず俺の手に指を絡めてギュッと握り込んだ。


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