69


寒河江くんの腕を掴む手に力をこめた。今の答えが本心からのものだということを示すために。

「センパイ……オレが言ったこと、マジで分かってます?」
「分かってるよ。ていうか、別にヤケになって言ってるわけじゃないよ。お、俺だってさ、そーゆー……エッチのバリエーションとか?色々調べたり考えたりしたし」
「や、あの」
「個人差あるらしいけど、入れられるのって慣れたらめっちゃ気持ちいいらしいじゃん。だから俺は、やるならそっちのがいい!」

少しの間ポカンとして口を半開きにした寒河江くんは、やがて弱々しく笑った。

「ほんとセンパイって……ヘタレのくせに変なとこで突き抜けてて、ウケる。そこはドン引きしましょうよ」
「えっ、これ引くとこだったの?ご、ごめん……」

寒河江くんは入れたり入れられたりってエッチに興味がないのかと思ってたから、むしろけっこう嬉しかったのに。
手で口を隠しながらちょっと笑っていた寒河江くんだったが、そのうちに気が抜けたみたいな虚ろな表情で体の力を抜いた。

「……つーかさ」
「うん?」
「オレ……センパイより背ぇ高いし、おとなしいって性格でもないし……センパイ傷つけるようなことよく言ったりやったりしちゃうしさ、どう考えてもあんたの好みじゃないじゃん」

寒河江くんが俺の肩に手を置いて体を離そうとした。しかしそうは問屋が卸さない。逆に俺からもっと体を近づけた。

「たしかに好みはあるけど……そんな、条件だけで好きになるわけじゃないよ。寒河江くんはそうなの?」
「……別に、そういうわけじゃ」
「それに好みっていうなら、寒河江くん、俺が一番重要だと思うとこ挙げたの忘れてない?」
「……優しい、ですか?」

やっぱり覚えてた。寒河江くんに聞かれて答えた、優しいというただ一点。

「そうそれ。寒河江くんって優しいよ。まあ厳しいことも言うけど、そのあとに絶対フォローしてくれるじゃん」
「そんなの……優しいうちに入んないし」
「あっ、思い出した!年下!年下ってとこ当てはまってる!ね、これでもう十分だよね!?」
「いや……つーかそもそも男じゃないですか。そこが一番おかしいでしょ」

不機嫌そうに寒河江くんの顔がプイッとそっぽを向く。
言いたいことは分かる。でも俺と彼の間で一番噛み合っていない事柄が、これでようやくはっきりした。

「あのさ、なんか勘違いしてるみたいだけど……俺、寒河江くんのことは男だから好きになったんだよ?」
「……は?」
「もし寒河江くんが女子だったら、好きになってなかった」

仮定でしかないけれど、もしも性別が違っていたら俺は寒河江くんを好きにならなかっただろう。そもそも近づきもしなかったかもしれない。

「こう、男同士で通じる好みとか悩みとかあんじゃん?んーと……つまり、同じものを持ってるからこそ分かり合えるみたいな、そういうのがさ」
「はあ……」
「気が楽っていうか、安心して一緒にいられるっていうか。あ、そこは寒河江くんだからってのが大きいかな」
「……うん」
「俺ほんと、女子の考えることって分かんないし。嫌いなわけじゃないんだけど……やっぱどうしても未知のものって感じがしてさ」
「…………」
「寒河江くんが男でよかったよ」

男子は女子を好きになるもの――それが普通だ。俺だって、隣の席になった女子を意識したりグラビアアイドルにムラムラしたりもする。
寒河江くんをかっこいいと感じたり骨ばった手が触れてときめくのはそれとは少し違う気がする。
この気持ちをどう表現すればいいか分からないけれど、ただ、心強い、という言葉がしっくりくる。
意気地なしの俺が惹かれたり憧れたりするのは、きっとそういうところだ。

「――ねえ寒河江くん。寒河江くんはどうしたい?」
「どう、って……」
「いくら俺が好きでも、やっぱ押し付けるのは悪いと思うし。そっちが本当に終わらせたいっていうなら諦めるよ。そのときは寒河江くんのこと心底恨むし、めっちゃ泣くけど……頑張って諦める」

ハッと息を呑む音が聞こえた。
つい冗談みたいな軽いノリで言っちゃったけど言葉に偽りはない。
俺は今、思いの丈をぶつけたせいかどこか清々した心持ちでいる。

寒河江くんが好きだ。できることなら寒河江くんの彼氏でいたい。だけど義務感や、嫌々付き合わせることだけはしたくない。
彼との楽しい思い出が全部つらいものになってしまうけれど、ここまで曝け出しても寒河江くんに響かないのなら、潔く諦めをつけるしかないんだろう。


prev / next

←back


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -