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失望や絶望に打ちのめされ現実逃避したくなる。けれどグッとこらえて、せめて納得できる何かを寒河江くんから引き出そうとした。

「……俺なりに、い、いろいろ、考えたんだけど……春原さんが原因?」

彼女の名前を出した瞬間、握り込んだ寒河江くんの手がピクリと動いた。

「寒河江くん……春原さんのこと、す……好き、なの?」

何度も考えて、ひとつの可能性として出た答えがこれだ。
俺が彼女と知り合うまで、寒河江くんは春原さんのことを知らなかったはずだ。
寒河江くんは彼女に一目惚れかなにかをして、俺との付き合いが煩わしくなったのかもしれない。なのに当の彼女は俺に好意を抱いている。そのことに気付いた彼は俺に敵意を向けたのだろう。
だから寒河江くんは俺の顔を見るのも嫌になった――そう考えれば色々と腑に落ちた。すごく、胸を掻き毟りたくなるような想像だけれど。
しかし彼は静かに「違います」と即答したのだった。俺の中で一番可能性の高い仮説を否定されてしまって混乱が増した。

「ち、違うの?じゃあ何なんだよ!寒河江くんがそんな風にしはじめたの、俺が春原さんと知り合ってからだろ!?」
「……つーか、良かったじゃないですか」

なにがいいんだ。なにも良くない。こんなに苦しい思いをしていていいことなんて何もない。
いつの間にか緩んでいた俺の手を寒河江くんがそっとはずした。

「センパイの好みのタイプ」
「……は?」
「理想の子、出会えたじゃないですか」

好みのタイプ――それは寒河江くんと出会ってすぐの頃、彼に聞かれて答えた理想の彼女像だ。すっかり忘れていたことを出されて今更という気持ちが強い。
寒河江くんが微笑んでいる。どうしてこんなときにそんな大らかな表情ができるんだろう。やるせなく、憎らしく思った。

「こういう日が来るかなとは思ってましたけど、まあ、思ったより早かったですね」
「早いって……」
「センパイさ、女子をチカンから助けたとか、マジでかっこいいじゃないですか」

かっこいいと言われて胸の奥が痛いほど疼く。
俺をそんな風に言ってくれたのは寒河江くんが初めてだった。文化祭のパフォーマンス映像を見て俺のことを、かっこいいと褒めてくれた。
思い返してみれば、あのときから俺は恋に落ちていたのだ。
どうしても書きたかった『永』の字。永はひさし――寒河江くんの名前じゃないか。あれからずっと、俺は寒河江くんしか見てなかった。

「あんま気にしてなさそうだったから言ってませんでしたけどね、センパイ、見た目ちゃんと爽やか系イケメンになってますよ。オレも色々教えた甲斐があるっつーか」
「寒河江く……」
「そんなの、女子が好きにならないはずないですよ。つかあの子、確実にセンパイのこと好きですよね。望み、叶ったじゃないですか」

だから良かったですね、とつぶやいて俺から視線を逸らす寒河江くん。彼の口元の笑みが徐々に消えていく。

「……長い黒髪で、背が低くて、ニコニコしたおとなしい子で、手芸部だし手作りも得意で?」
「寒河江くん……」
「スゲー可愛い子で」

思いついた端からずらずらと並べ立てた言葉を寒河江くんはよく覚えてるな。
そうだ、たしかにそんな感じで答えたよ。それに対して彼は『思い通りにできそうな子』と返してきたことも思い出した。自分の自信のなさを暴かれて恥ずかしかった。

俺は春原さんにそういう印象は抱いてないけれど、守ってあげたい系というのは、裏を返せば寒河江くんの言うとおり独りよがりな願望が根底にあるんだろう。
守ってあげたいと言いながらその実、自分の支配下に置けそうなか弱さや従順さを彼女に見るのだ。

「センパイならきっとうまくやってけますよ」
「そんな……」
「だからさ、オレとは終わりでいいですよ。てか、続ける理由もないですしね」

理由?理由ならある。最大の理由が――。

「理由、なんて、お、俺……」
「…………」
「俺はっ……寒河江くんのことが、好きなんだよ!好きだから付き合ってるんじゃん!」

恋人になるということはイコールで好きの表れだと思っていた。それなのに、その根幹を揺るがすようなことを言う寒河江くんが怖い。
好きでなくても付き合えるし、まるで寒河江くんは俺とそうしてきたみたいな、そんな言い方をして。

「……別にそんなの、言われなくても分かってますよ」
「じゃあ……っ」
「でもセンパイはさ、好きとかそーゆーの……なんとなくそんな気になってるだけでしょ。オレにしとけばって言われたから」
「違うよ!なんとなくじゃないし、好きなのは寒河江くんだけだよ!なのになんで寒河江くんまで春原さんとくっつけようとするんだよ!」

気持ちが伝わらないもどかしさに寒河江くんの腕を掴んで揺さぶった。
古屋ならそうするのも分かる。あいつは俺に好きな子がいることすら知らないんだから至極まっとうな考えだと思う。
だけど寒河江くんは俺の彼氏だ。その彼氏が他の人との交際を勧めるって、どういう状況だよ。

興奮しすぎて頭がズキズキと痛くなってきた。脈拍は速いし眩暈もする。
これ以上何を言えばいいのか分からなくて俯いていたら、やがて、寒河江くんの呆れたような長い溜め息が聞こえた。

「……だったらヤラせてくださいよ」
「え?」
「センパイのケツにチンコ突っ込んで、掘らせろっつってんですよ。オレのことが好きだっていうなら、やっていいですよね?」

顔を上げたら寒河江くんが目を細めながら俺を見下ろしていた。
オレと付き合うってことはそういうことですよ、と彼が言う。ならばそれに対する俺の答えはひとつしかない。

「いいよ!」

思わず大声を出したら、寒河江くんの目が虚を衝かれたと言わんばかりに丸くなった。
寒河江くんは普段、エロ系の話を進んではしない。
そうするときは俺をからかったり意地悪をしたいときだ。しかも今はわざと直接的な言い方をして俺の嫌悪感を煽ろうとしてる。
そんな思惑なんてお見通しだ。あんまり俺を見くびるなよ。


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