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朝起きたら完全な寝坊だった。
父さんに声をかけられてはじめて目が覚めた。父さんは、いつもの時間に起きてこない俺を心配して部屋を覗いたらしい。
なんでこんな寝坊を……と思ったら、本棚に投げつけたケータイが完全に沈黙してアラームが鳴らなかったせいだった。俺のケータイ、ご臨終。
当たりどころが悪かったのか、もともと使い込んでいたから限界がきたのかは分からないが、とにかく壊れた。
とはいえ壊れたのは本体だけだから、父さんが前に使っていたケータイにカードを差し替えればとりあえず使えるようになるかも、ということでどこかにしまわれた古い機種を探してもらった。
だけどすぐには見つからなかった。今日はケータイなしで学校に行くしかない。

ボタンを押しても光らない真っ黒な画面。
寒河江くんからもらったゆるキャラストラップも、同じように色を失っているように見えた。

朝飯もそこそこに急いで支度をして、登校ギリギリのバスになんとか滑り込みで乗れた。
『亀ヶ林小学校前』停留所にバスが停まったとき、もしかして寒河江くんが乗ってくるんじゃないかとドキドキした。会えたら嬉しいっていうより、会うのが不安だというドキドキだ。
しかし彼は乗らなかった。こんな日に限って一本前のバスに乗ったんだろうか。タイミング悪すぎ。いや、いいのかな?

そして学校に着いてみれば、ケータイがなくても不便には感じなかった。
新しく買い換えるにしてもいつになるか分からないし、しばらくメールや電話ができないと友達や書道部員に言って回った。
うっかり落として壊しちゃった、って感じに笑ってごまかしながら。



翌日の放課後、授業が終わるや否や、俺はカバンに教科書類を雑に詰め込んで教室を出た。
向かった先は下の階の教室だ。
鈍りそうになる足を無心で動かしていると階段も廊下もやけに長く感じた。
一階変わるだけでいつも自分がいる教室周りと空気が違う気がする。
徐々に迫り来る受験を見据えてどこか緊張感のある三年の教室と違い、二年のフロアは文化祭のお祭り気分に浮かれていて活気があった。
そういえば去年はこんなだったなぁと懐かしく思い出しつつ、目的の教室を目指した。

天井近くに掲げられたプレートを確認する。二年四組――ここだ。
授業が終わってすぐだから人の出入りが激しい。うしろのドアから教室内を覗き込むが、中の様子はごちゃごちゃとしていて分からない。
知らない人ばかりで挙動不審に気後れする俺を、通りすがる生徒がちらちらと見てくる。その中でたまたま目が合った男子に声をかけた。メガネをかけている子だ。

「あの、ごめん、寒河江くんいるかな?いたら呼んでほしいんだけど……」
「寒河江?あ、ちょっと待ってて」

上級生がこんなところにいるとは思わなかったらしい彼は、俺にフレンドリーに接してきた。
教室に入っていったメガネくん。そわそわしながら待っている間に、前側のドアから由井くんが姿を見せた。クラスメイトと並んでいた彼は俺を見るなり満面の笑顔で走り寄ってきた。

「部長!こんなとこでどうしたんですか?」
「う、うん、ちょっとね」
「……もしかして寒河江ですか?」

曖昧に返事をした。顔全体が固まっているのが自分でも分かる。
そのとき、さっきのメガネくんが戻ってきた。寒河江くんを連れて。
寒河江くんは、俺を見てものすごく驚いた顔をした。

「……センパイ?」
「えっ、三年?」

寒河江くんを呼んできてくれた彼は俺に対して決まり悪そうな笑みを浮かべた。別に気にしないのに。正直、そんなことはどうでもよかった。
メガネくんがいなくなると、教室前の廊下で俺たちは互いに黙り込んだ。微妙な空気を察したらしい由井くんも同様に。
会わなかったのはたかが一週間ともいえるけれど、俺にとっては長い一週間だった。
寒河江くんにこれといって変わったところはない。なのに遠いところにいる人みたいに見えた。

「寒河江くん……」
「…………」
「行こう、部室」
「……はい」

小さく息を吐いた寒河江くんはチラリと由井くんに視線を投げたあと、一旦教室に入っていった。
由井くんは、部活に顔を出さなくなった寒河江くんに腹を立てていると思っていた。でも今、彼に対して何も言わない。彼がそうしていた理由を何か知ってるんだろうか。

「……部長、おれ今日、クラスの用があるから部室行けないんですけど……」
「うん、昨日そう言ってたよね。大丈夫、わかってるよ」
「寒河江、こっちに戻さなくていいんで。おれがなんとかしますから」

文化祭前だからみんな部室に来る頻度がばらばらだ。俺もそうだけど、一回部室に来てもクラスや委員会の用事で抜けて行ったりする。たぶん寒河江くんも何かクラスでやることや係があるんだろう。
けれど今日は、由井くんのクラス委員長権限に頼ることにしよう。それにどれだけの効力があるかは知らないが。

由井くんがクラスの子とどこかへ行ってしまったあと、カバンを肩にかけた寒河江くんが戻ってきた。
俺は、寒河江くんを逃がさないよう手首を掴んで歩き出した。振り払われるかと思ったけれどおとなしくついてくる。
寒河江くんの教室に来ようと思いついたのは、実は今日の昼休み中だ。ちゃんと計画してたわけじゃない。部室に連れて行くという大義名分があるから出来たことだ。

触れ合った肌が熱い。
だんだん掌に汗をかいてきたから歩いてる間に手を離した。些細なことかもしれないけれど、寒河江くんに不快だと思われたくない。

俺の半歩うしろを寒河江くんが歩いている。
彼のほうは見なかった。
もしも部室に辿りつく途中で寒河江くんがいなくなったとしたら、俺たちはそれまでだと覚悟して。


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