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部活のあと家に帰り、夕飯と風呂を済ませたあと、勉強をする気力もなくベッドに仰向けに寝転んだ。
ケータイ画面に寒河江くんのアドレスを表示させて、じっと見上げる。
無駄かもしれないと思いながらも発信ボタンを押した。そうしたらワンコールもしないうちに応答画面になったから、慌てて起き上がってケータイを耳につけた。

「もっ……もしもし!」

突然のことで声がひっくり返ってしまった。
ぎゅうっとケータイを耳に押し付けて寒河江くんの声を聞き逃さないようにしたけれど、何も聞こえてこない。
もしかして、たまたまスマホを操作していた最中に俺が電話をかけたからうっかり出ちゃっただけ……だったり?
そうだったら間もなく切れてしまうかとハラハラしたが、しばらくして、はい、と答える声があった。

「あの、寒河江くん?俺だけど」
『……はい』
「えっと……」

内心では今日も電話に出ないだろうと諦め半分だったから、出だしからつまずいた。色々と話したいことがあったはずだ。なのに何故だろう、沈黙が苦しい。
言葉を探しているうちに、受話口の向こうで、ふ、という短い溜め息のあと面倒くさそうな声がした。

『……何か用ですか?』
「あの……用っていうか……」
『…………』
「きょ、今日、小磯くんが文化祭で使うクラブTシャツ持ってきてさ、それが超かっこよかったんだよ!みんなテンション上がっちゃって……寒河江くんもいればよかったのになーって」

明るく言ってみたけれど部屋の中に白々しい響きだけが残った。
寒河江くんは今、どういう顔をしてるんだろう。

『…………』
「えっと、あの、寒河江くん……ここんとこ部活来てないけど、い、忙しいの?」
『まあ……』
「でもさ、パフォーマンスのリハとかあるし、それに、展示のやつも出してほしいんだよ。あと出してないの、寒河江くんだけでさ」

たどたどしく必死で言葉を繋げた。知らず呼吸が浅くなる。沈黙が怖い。次に黙ったら通話が切れてしまうんじゃないかと、怖くて仕方がない。

「あ、明日は来る?」
『……用事あるんで』
「じゃあ、あさって!あさっては来てよ、絶対!」
『…………』
「……寒河江くんに会いたいから」
『…………』
「寒河江くん……」
『…………』
「お、おーい、な、なんか喋ろうよー。寒河江くん、まさか寝てないよね?寒河江くーん」

空元気で冗談っぽく笑うと、「……寝てないですよ」と小さく返事があった。それは硬い声音だった。これ以上会話を続けたくなさそうな雰囲気だけが伝わってくる。

「あの、じゃあまた……」

はい、と応える声があったのかどうか、分からないうちに通話は切れた。寒河江くんが本当にそう喋ったのか、彼の声が聞きたいという願望による俺の幻聴か。

ケータイを耳から離したあと、衝動的に壁に向かって投げつけてしまった。
開きっぱなしのケータイが本棚に当たってフローリングにごつんと落ちる。
それを拾うこともせず、ベッドに再び沈み込んで瞼を閉じた。

今の電話ではっきりした。――俺は、寒河江くんに避けられてる。
その心当たりなんていくらでもある気がする。ありすぎて追及したくないほどだ。
彼が俺との付き合いに飽きたとか、他に好きな人ができたとか?
逆に、俺に原因があるなら、時期的に考えて春原さんに関わることなんじゃないかとぼんやり考えていた。だってここ最近での生活の大きな変化といえば彼女のことしかない。

古屋とまゆちゃんの画策で春原さんと昼休みに会った次の日、古屋から謝られた。「もしかして余計なことしたか?」と、あいつも戸惑っていた。
どうやら俺はあの日の昼休み以降、不機嫌そうな顔をしていたらしい。自分では分からないが少なくとも古屋にはそう見えたのだとか。
それ以来、古屋からは春原さんとの仲を積極的に勧めるような真似はされていない。

俺から見ても春原さんはいい子だと思う。でも、いくら古屋とまゆちゃんに勧められようとも、彼女自身にその気がないなら関係は一ミリも進まないと軽く構えてた。
彼女とは今、登下校中に会うからその都度挨拶をするくらいだ。特別仲良くも悪くもない。俺のほうはそう感じてる。
なのに、春原さんの友達が言ったことが本当なら、彼女は俺に特別な好意を持ってるらしい。そうなると話が違ってくる。

男子が苦手だという春原さん。かくいう俺だって、女子と話すのが苦手だった。
だけど今は自然に話ができている。春原さんとも、彼女の友達とも、まゆちゃんとも、クラスの女子とも。考えてみればそれは二学期に入ってからだ。
俺がそうできているのは、いい意味で肩の力が抜けているからなんだ。彼女がほしいとか女子と仲良くしなきゃというみっともない焦りがない。だって、俺にはもう付き合ってる人がいる。

ずっとモテたいと思っていた。恋人ほしさに、モテることがその近道だと信じていた。
けれどそれは大きな間違いだった。いくらモテても好きな人に好かれなきゃ意味がない。
寒河江くんに好かれてないなら、何も意味がないんだ。


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