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「じゃじゃーん!はいお披露目〜!」
「おおー!」

小磯くんがバサッと勢いよく布を広げる。彼を取り囲んだ書道部のみんなは一斉に歓声を上げた。
黒地のTシャツの背面に黄土色の筆文字。不思議なもので、黒に囲まれたそれは金色に見える。――何を隠そう俺が書いた字だ。
こうしてみるとなかなか立派なものみたいに見えて、ちょっと照れる。

「すっげー!超かっこいいじゃん!」
「やべ!すっげ!思った以上にいいわ!」
「さっすが俺らのスーザン部長!」
「もうこれ着てみていいっスか!?」

文化祭用に作ろうと決めたクラブTシャツだが、夏休み中に小磯くんが見積もりや発注書の準備をしていてくれた。
俺のほうもあらかじめ書いておいた字を二学期初日に彼に渡してお任せしたら、ようやく現物が出来上がってきたという次第だ。
小磯くんから一枚受け取って、俺も目の前で広げてみた。

「すごい、Tシャツ出来るのって早いんだね」
「それでも遅くなったほうですよー。なんか発注のメールが店側にちゃんと届いてなかったらしくて。仕上がり期日が余裕だったんで助かりましたけど……」
「ええっ、そっかぁ、大変だったね。ありがとう小磯くん。いやー、それにしても我ながら惚れ惚れする!」

もう一度Tシャツを眺める。
今年のテーマである『飛翔』に添って、無難ではあるが分かりやすく、かつ字としてインパクトのある『龍』の字を選んだ。草書とまではいかないが崩し字で、俺の好きなように書いた字だ。
ついでに『崇山』の名前も入れた。文化祭なんて所詮お祭りだし、もう自棄である。けれどこの雅号部分が赤色になっていて、全体がピリッと引き締まって映える。そして前面の胸元には書道部アピール。
これらの字は全部俺が書いたわけだが、配置や色は小磯くん任せ。センスあるなあ。
さっそくみんなで制服の上から着てみたりしていたけれど、途中から由井くんが来たから、彼を捕まえてさっそくクラブTシャツを彼に見せた。

「遅くなってすみません、部長」
「そんなのはいーから、ほらほら見てよ由井くん!」
「……素晴らしい『龍』です。潤渇の絶妙さに溜め息が出ます……」
「うん、それ元の字見たときも同じこと言ってたよね。そうじゃなくてTシャツ出来たんだって!すごいよねー?」
「この安い布に印刷すると部長の字の本来の良さが失われて残念です」

残念と言いながらちょっと怒ってるっぽい由井くん。マジギレの彼を見たことがあるせいか苛立っている気配が分かるようになってしまった。いらないスキルだ。

「う、うん、まあいいんだけど……あのー……由井くん、寒河江くんは?」
「また来てないんですか?」

由井くんが眉をひそめながら舌打ちをする。
俺は曖昧に笑って言葉を濁し、Tシャツを机の上に置いた。

――寒河江くんは、ここのところずっと部室に来ていなかった。水曜の放課後に、バイトが入ってる、と言ったきりかれこれ一週間にもなる。
クラスメイトでもある神林くんに聞いたら「バイトって言ってましたけど?」ときょとんとされ、由井くんに聞いたら「やる気のないヤツは放っておきましょう」と冷たく突き放された。
毎日バイトがあるなんてことは今までなかった。遊びに行ってしまったりするけれど、学校のある日はほとんど部室に来てくれていたのに。

しかし寒河江くんはそれだけじゃなく、約束していた朝のバスにも乗ってこなくなっていた。
『すいません寝坊しました』という判を押したようなメールが続いていたのが、今日はついにそれすらなかった。
この一週間、メールの返事は三通に一回。電話をしても応答がない。
一体、寒河江くんはどうしちゃったんだろう。こんな風に急に彼の存在が薄れてしまって、俺は、足元がぐらつくような不安に苛まれていた。

「部長?」
「あっ、な、なに?」

一年の青木くんに呼ばれてハッと我に返った。

「外で部長のこと呼んでますよ」
「誰?」
「見たことない人ですけど……女子です」

女子と聞いて、文化祭が近いからクラスの子あたりかと思いながら青木くんにお礼を言った。
部室を出てみたら、予想していた誰でもないことに驚いた。俺を待っていたのは、ロングヘアを緩く巻いてうっすら化粧をしている、ちょっと派手めの女子だ。
キラキラしたビーズみたいなものでデコってあるピンク色のスマホを片手に持っている。

「急ですいません先輩。いま、話してもいいですか?」
「えっ俺?で、いいの?いいけど……なに、あの……春原さんのことで何か?」

そう、彼女は春原さんとよく一緒にいる子だ。名前は知らないけれど、登下校時に必ず隣にいて、同じ部活ですんごく仲がいいらしいっていうのは知ってる。
彼女が頷いたので、とりあえず書道部室から離れて渡り廊下に移動した。
文化祭の準備をしているクラスや部活動の動きが目立つ。廊下にも忙しなく人や物が行き来していた。それらの通行の邪魔にならないよう端に避けると、春原さんの友達は長い髪を指に巻きつけてねじりはじめた。

「えっと、きみも手芸部なんだよね?なんか展示やるって聞いたけど……準備進んでる?」
「あたしのはもう終わってます」
「そ、そうなんだ」

髪をいじりながら視線をさまよわせるお友達。春原さんはどちらかというとナチュラル系で、ギャルっぽい彼女とは好みが真逆に見える。
そんな彼女が、やがて小さく口を開いた。声は小さくても滑舌がいいので聞き取りにくくはない。

「……あの、なるみのことなんですけど」
「うん?」
「あたし、あの子とは小中ずっと一緒なんです。だからバスも行き帰り一緒で」

指にくるくると巻きつけた髪をほどき、また同じ動作をするギャル子さん。

「あの子、背低いっつか全体的にちっちゃいじゃないですか。そんなだから昔から男子にからかわれたり超いじられたりしてて、それでちょっと、男が苦手……みたいなとこあって」
「…………」
「男子から見たら、なるみって守ってあげたい系?らしくて、よく構われるんですよ。可愛がりたい的な感じで。でもなるみ的にはそーゆーのイヤで、ますます男子コワイって思ってるんです。だからチカンとか、マジ恐怖でほんとは吐きそうだったみたいです」
「……うん」
「その日、あたし、家の都合でバス遅れちゃったんですよ。そんで学校行ったら、あの子すごい落ち込んでて……」
「落ち込んでた……?」
「チカンされたことより、助けてもらったのにお礼できなかったことで。どうしてもあの人にお礼したいって言うんですよ」

何人も俺たちのそばを通り抜けていく。楽しそうに話している集団や、黙々と荷物を運ぶ男子、腕時計を気にしている先生、喧嘩腰に言い合いをしている二人組。
ギャル子さんの髪は、何度も指に巻きつけすぎたのかウェーブが強くなっていた。

「先輩はメッチャ優しくて、全然怖いとか感じないし話してると安心するって。ずっと男子とまともに話せなかったのに。でも、先輩とは目が合ったとか、おはよーしてくれたとかでいちいち喜んでて」
「……それで?」
「あの子、呑気ってゆーかボーッとしてるとこあるけど優しい子だし、あたしが言うのもヘンなんですけど……なるみのこと、真面目に考えてほしいっていうか」

化粧の赤みか血が昇ったのかはわからないが、彼女の頬が紅潮している。
ギャル子さんは俺の返答を待たずにぺこりと軽く頭を下げて背を向けた。小走りに廊下をゆき、角を曲がると彼女の姿は見えなくなった。


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