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次の日の朝、寒河江くんはまた寝坊してバスに乗ってこなかった。
俺はいつもの時間に起きればいいが、彼のほうはなかなか起床時間に慣れないようだ。朝も会えると期待するだけに、いないと寂しい!
昨日みたいに春原さんが下駄箱付近にいるかなと思って周囲を見回してみたけれど、彼女の姿もなかった。
そしてこの日は、昼休みに入った途端マイフレンド古屋が俺を背後から捕まえてきた。その太い腕で首を絞められたら苦しいんですけど。いや、ほんとに!

「くーすのーきくぅん、一緒にメシ食おうぜ!」
「うん?いいよ。……つか、今日ってまゆちゃんと一緒の日じゃなかった?」
「まあまあ」

なんだ喧嘩か?あのいつまでも初々しくお熱い二人が珍しいこともあるもんだ。ようし、心の友である俺が喧嘩の原因でも愚痴でも聞いてやろうじゃないか。
そう意気込んで弁当を脇に抱え、古屋に促されるまま連れて行かれたのは家庭科室だ。
室内には、昼休みを過ごすために集まったと思しき生徒が何人もいて、それぞれにグループで固まっている。……あえて特記しておこう、全員女子。

「あっ、カズくんっ!ここだよ!」

張りのある愛らしい声がしたほうに向かって古屋が乙女のように小さく手を振った。
家庭科室の白いテーブルについているのは、古屋の彼女であるまゆちゃんだ。なんだ、喧嘩したんじゃないんだ。二人はどう見ても和やかな雰囲気だったからひそかにホッとした。
だったらどうして俺がここに連れてこられたんだろう……と女子ばっかりの空間に落ち着かないでいたら、まゆちゃんの隣に見覚えのある女子がいた。

「……春原さん?」
「こ、こんにちは、先輩」

春原さんも俺のようにおどおどキョロキョロしている。「何でわたしここにいるんだろう」と言いたそうな顔で。
昨日はふんわりとした二つ結びだった彼女は、おだんごでもなく、三つ編みをさらに編みこんでうしろに流している髪型だ。
複雑すぎて説明が難しい。女子の髪ってどうなってんの?こんな髪型にするのって指攣らない?毎日違うヘアスタイルにしてるのかな。

「あの、古屋、どういう……?」
「まあまあ座れって!」

理由も分からず女子二人の相向かいに座らさせられる。
春原さんが所在なく可愛い柄の弁当袋を両手で抱えている。まゆちゃんの前には大小の対極的なお弁当。たぶん、大きいほうは古屋のもの。
とりあえず自分の弁当を机の上に置いたら、古屋がポンと俺の肩を叩いてきた。

「おい楠、この前、春原さんと知り合ったらしいじゃん」
「そうだけど……でもなんで古屋が知ってんの?俺、言ってないよね?」
「いやぁ、この子がまゆちゃんに話して、俺はそれ経由で知ったんだけどさ。つか言えよ水くせーな」

どうやら春原さんは、先週の金曜にあったことをまゆちゃんに報告したらしい。「まゆ先輩の彼氏の友達に助けてもらったんです」というような内容を。
それを聞いたまゆちゃんは、そんな出会いを偶然の奇跡だと感動して、古屋と二人してこの場をセッティングしたのだとか。俺と春原さんには内緒のサプライズで。
古屋とまゆちゃんが何かを期待するような目で俺たちを交互に見ている。ついでに周囲の女子たちにもチラチラ見られてる。

「あ……えっと、そういえば俺、名前言ってなかったよね?楠です」
「す、春原です」
「うん知ってるし。あー……うーん……そうだ!そういえばクッキー美味しかったよ。ありがと」
「ほんとですか?よ、よかったぁ。渡したあとで、先輩が甘いもの嫌いだったらどうしようって思ってたから……」
「普通に好きだしめっちゃ食べるよ。ああいうお菓子とかってよく作るの?」
「た、たまに」

俺と春原さんが話し始めると、周りも次第に自分の昼休憩に戻っていった。
まゆちゃんとは今まで挨拶したくらいでろくに喋ったこともなかったけれど、今日は話をした。というか、まゆちゃんのほうが俺に話しかけてくるのだ。
その内容というのが春原さんが手芸部でどんなことをしているのか、何を作るのが得意か、そんな感じのことばかりだ。
手芸部が文化祭でやる予定の展示のことだったり、見においでよと熱心に誘われたり。
その話を聞きながら俺は戸惑っていた。四人で話すことが苦痛だったわけじゃない。むしろ楽しいと思った。
でもどこかプレッシャーのようなものを感じていて、そもそも女子を交えてこんな風に過ごすこと自体が珍しいわけだからして、とにかく気疲れした。

昼休み終了間近になってみんなで家庭科室から出たそのとき、廊下の先に寒河江くんの姿を見つけた。
彼は神林くんと、書道部員じゃない友達らしき子と笑いながら一緒に歩いている。特別教室が並んでいるこの付近で次の授業があるのかもしれない。
嬉しくなって声をかけようとしたら、寒河江くんは俺をちらっと見てすぐに別の教室に入っていってしまった。

「先輩?」
「あ……ううん、なんでもない」

こっちを見ただけで俺の存在には気付かなかったのかな。神林くんにも気付いてもらえなかった俺って、部長としてのオーラや威厳に疑問が生じてきた。
まゆちゃん、春原さんとも別れたあと、教室に戻る途中で古屋は鼻の穴を広げながら満足そうな顔をしていた。

「な、春原さん、めっちゃめちゃいい子だろ?」
「……そう思うよ」
「ちょっと臆病なとこあるけどな。見てて思ったけどさ、けっこう話弾んでたし二人って気ぃ合いそうじゃん。なっ?」
「古屋……あのさ」
「ん?」
「…………」

ここまでされて、古屋が何をしたいのか、何を言いたいのかが分からないわけじゃない。
古屋もまゆちゃんも橋渡し役を買って出たのだ。俺と、春原さんの。
そんなことはしてくれなくていいと言いたかった。けれど、喉に綿でも詰まったかのように言葉は萎んで消えて、出てこなかった。

だってそうしたら、何故?と絶対聞かれる。
彼女はいらないからなんて答えたなら、たぶん古屋のことだから「はじめはそんなに意識しなくていいから、仲良くするだけでもしてみろよ」と勧めてくるはずだ。
古屋とまゆちゃんは相思相愛のカップルで、その幸せを知っているからこそ勧めてくる。全力の善意で。
同じクラスで同じ部活というきっかけで友達になってから、俺も古屋も「彼女ほしいなぁ、童貞やめてーなぁ」なんて馬鹿話は何度かしてきた。
古屋は俺に巡ってきた出会いのチャンスを逃さないよう、手伝いをしてくれようとしているのだ。

なら正直に、俺には今付き合っている人がいて、その子のことが好きだからそんな気遣いはいらないんだと答えたとする。
じゃあそれは誰だと聞かれたら――俺は答えられない。いくら気心の知れた古屋だろうと、相手が男だなんて言える勇気はなかった。咄嗟にごまかせるような機転も、何ひとつ働かない。

古屋の思いやりがこんなに重荷に感じたのは、初めてだった。


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