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俺と一緒に紙袋の中身を見た寒河江くんは「助けたのがちゃんとした子でよかったですね」と笑った。
きっと彼女は、今朝は早い時間のバスで登校して俺が来るのを下駄箱の近くで待っていてくれたんだろう。同じ学校だということしか分からなかったのは彼女も同じだったはずだから。
助けたなんてそんな大げさなものじゃなかったけれど、彼女の力になれたのなら良かった。それが分かっただけでも報われた気がした。
それでバスの一件は終わりだと思っていた。


放課後、部活が終わっていつものように寒河江くん、由井くんと一緒に帰ろうとしたら、下駄箱の前で靴を履き替えている最中に足が視界に飛び込んできた。朝と同じような光景だ。
屈んだ体を伸ばしてみると、目の前に立っているのはやっぱり朝と同じ女子だった。

「えっと……春原さん?」
「あっ!は、はいっ!」

朝と違うのは、彼女のそばに友達らしき子がいて「ほら、ちゃんと言いなよ!」と急かすように彼女の腕を軽く叩いていることだ。

「ご、ごめんなさいっ」
「へ?」
「あっ、じゃなくて、ありっ、ありっがとうござっまっした……!」

ものすごい噛みながらぺこりと頭を下げる春原さん。友達が「あーあ」と言わんばかりの呆れ顔になった。
どうすればいいか困っていたら寒河江くんと由井くんが様子を見に来た。寒河江くんと目が合うと、彼は、朝と同じ状況だと察したらしく小さく頷いた。

「部長?なんかあったんですか?」
「大丈夫だって由井。センパイ、オレら先行ってますから」
「えっ?う、うん?」

てっきり待っていてくれるのかと思ったのに、寒河江くんは由井くんの腕を引いてさっさと校舎から出て行ってしまった。そうしたら春原さんの友達も「じゃね」と手を振ってどこかに行った。
その場に残された俺と春原さん。
彼女は俯いてもじもじとカバンを持った手を忙しなく動かしている。こうしていてもしょうがないし何か喋らなきゃと思って、上履きを下駄箱に押し込んでから彼女に向き合った。

「えーと……と、とりあえず外出ない?」

そう言うと、彼女はこくこくと頷いた。春原さんも俺と同じ五番バスだということが分かっているので、とにかく駅方面に向かった。

「あのさ、春原さん……で合ってるよね?朝のあれって――」
「ちゃ、ちゃんと言わなくてごめんなさいでした、せ、先輩!」
「いやいいんだけど……」
「あっ、わたし、あの、覚えてますか?この前、金曜の朝にバスで……」

春原さんはごにょごにょと言葉を濁した。まあたしかに「痴漢されてました」なんてことは自分から言いにくいに違いない。

「うん、覚えてるよ。はじめちょっと分かんなかったけどね。俺、心配だったんだよ。もしかして余計なことしちゃったかもって思ってさ」
「ちっ、違います!せせ先輩が間に入ってくれて、ほんとに助かりました!」
「あの……あれってやっぱ変なことされてたの?」
「えと、その……なんだか隣の人と近いなぁって思ってたら、何回も同じとこばっかりに、あ、あの人の手がぶつかってきて……」

やっぱりそうやってグレーな触り方をしていたわけか。ううむ、卑怯な真似をしてあの青Tシャツ、同じ男として許すまじ。

「立つ場所変えてもまた近づいてきて、全然やめてくれないし、わ、わたし怖くなっちゃって……」
「うん分かるよ、その気持ち」

春原さんが弾かれたように俺を見上げた。
ああしまった!これじゃ「俺も痴漢されたことあります」って言ってるみたいじゃん!?あの抱きつかれ事件はあくまで人違いだからね!

「あー、うーん、そのほら、誰だって知らない人に密着されたらびっくりするもんね」
「は、はい……そうですね……」
「なんか、ああいう風にしかできなくてごめんね。ホントに迷惑行為されてるかどうか分かんなくて俺も色々怖かったからさ」
「そんなことないですっ!せ、先輩が気付いてくれて嬉しかったです!」

あんまりにも大きな声だったから春原さんを見たら、彼女は満面の笑顔だった。それを見たらこっちも口元が綻んだ。

「そういえば春原さん、先輩って言ってるけど、俺、学年言ったっけ?」
「あっ……下駄箱が三年生のところだったから……」
「そ、そうだったね!あれ、朝のときはずっと待っててくれたの?」
「はいっ。あの日、バス降りたら先輩がいなくなってたから、昇降口でなら見つかるかもって思って、ま、待ち伏せしちゃいました!」

春原さんが照れ笑いをする。
何でもないことのように笑ってはいるが、いつ来るかも分からない人を待っているのは結構大変なことだ。
そんなに必死で探してくれたのだと思うと、怖くて逃げてしまった自分の不甲斐なさが恥ずかしいし申し訳ない。

「そ、そっか。たいしたことしてないしそこまでしてくれなくて良かったのに」
「でも、あの、先輩にちゃんとお、お礼したかったから……。なのに朝、渡すだけ渡してなんにも言わなくてごめんなさいでした……わたしただの怪しい人でしたよね……」
「いやいや大丈夫だよ。クッキーありがとう。ていうかさ、今もずっと待ってたの?」
「あ……その、わたし、部活が終わってからです。先輩が部活やってる人なら、下駄箱に行けばもしかしたら会えるかなぁって思って」
「へー部活?何部?」
「しゅ……手芸部です……」
「あれ、手芸部なんだ?じゃあまゆちゃん……じゃなくて岡田繭子さんと同じ?二年の」

ゴリマッチョ古屋の彼女であるまゆちゃんが手芸部だったはずだ。だから話題のひとつとして振ってみたら、春原さんは思った以上の食いつきを見せた。

「えっ!?先輩、まゆ先輩のお知り合いなんですか!?」
「俺は知り合いじゃないんだけどね。岡田さん、俺の友達の彼女なんだよ」
「古屋先輩ですか?あの、大きい人……」
「そうそうそのゴリラ。知ってるんだ?」
「よく部室にまゆ先輩をお迎えに来るんで!あ、時々みんなにお菓子とかくれますよ!」

マジか。あいつが手芸部にそんなことをしていたとは知らなかった。ふるやん、どこまでいいヤツなんだ。
春原さんがなにやらしきりに頷きながら「世間って狭いですねえ」と零した。

そうやって話していたらいつの間にか駅前のバス停に着いた。
寒河江くんが待っていてくれてるかもと期待してキョロキョロしてみたけれど、彼はいなかった。一本前のバスに乗ったのか、それとも由井くんと遊びに行っちゃったのかな?
同じバスなのにじゃあここでって離れるのも変なので、帰りは春原さんと一緒のバスに乗った。彼女は俺よりもっと先のバス停で降りるのだそうだ。

春原さんと別れたあとに気付いたけれど、俺、女子と普通に会話してたな。


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