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また彼氏の家で風呂場を借りてしまった。

全身汗だくで、お互いに出したものや生々しい匂いだとか、一息ついてみればとにかく俺たちは散々な有様だった。
脱水とまではいかないけれど喉が渇いてへとへとで、とりあえずシャワーを浴びようという話で一致した。おまけに何故か一緒にシャワーを浴びる流れにまで発展。
とはいえ合宿で共同風呂に入るみたいな感じで色気も何もなかったが。あっても困りますが。だけど風呂場を出る前に一回だけチューはした。

風呂あがりには失った水分を取り戻す勢いで水を飲んだ。そうして今、ようやく落ち着いたところだ。
冷房のきいた寒河江くんの部屋でソファーに並んで座ると、今更ながら恥ずかしさがぶり返してきた。
体育座りでそわそわと体を揺らしていたら寒河江くんが俺を覗き込んできた。毎度のことながら、どうして寒河江くんはそんな涼しい顔をしていられるんだ!

「センパイ?」
「うぅ……あの、あのさ……今更聞くのも変だけど、今日も家の人いないの?」
「そ。この前と同じですよ」

ということは、日付が変わる頃に母親が帰宅するのか。
そう言った寒河江くんはハッとしたように小さく息を呑んで、視線を彷徨わせながら頭を掻いた。

「あーっと……もう帰りますか?」
「か、帰らないって言ったじゃん」
「……じゃあ、今日は泊まっていきます?」
「いい?」
「いいに決まってんじゃないですか」

寒河江くんがへらっと表情を崩した。あ、ご機嫌な顔だ。それを見たら俺まで頬が緩んでしまった。
いい雰囲気になったところで彼の手を握ろうとしたのに、見事に空振りした。寒河江くんが立ち上がって脱ぎ捨てられた自分の服を持ち上げたからだ。
俺は風呂上がりに自分の服を着たけれど、寒河江くんは部屋着に替えたから脱いだ服はそのままになっていたのだ。
放り投げられた服を畳むのか片付けるのかと彼の様子を追っていたら、そのどちらでもなく、寒河江くんはズボンのポケットを探った。
中から取り出したのはマスコットキャラクターのついたストラップだ。隣に戻ってきた寒河江くんは、俺の目の前にそれをぶら下げた。

「由井のせいで忘れるとこだった。はいセンパイ」
「え、なに?くれるの?」
「はい」

ストラップにくっついているのは、寒河江くんがどこかに落としてしまったぬいぐるみと同じゆるキャラだ。失ったはずのものが戻ってきたような、そんなじんわりと温かい気持ちでそれを受け取った。

「それ、今日のゲーセンで取ったんですけどね、吊り上げたら紐が絡まっててふたつ同時に取れたんですよ」
「えっ!すごいじゃん!」
「うん、だからおそろい……とかどうです?」

ちょっと照れくさそうな笑みを浮かべながら、寒河江くんは彼の家の鍵をぶら下げた。
チャリ、と音を立てた鍵にはシルバーのキーホルダーと、それには不似合いのキャラクターストラップがついていた。俺の手の中にあるのとは表情が違うけれど、同じゆるキャラだ。
今日、家に入るときに彼が鍵を使ったのを見たはずなのにストラップの存在には全然気付かなかった。

「寒河江くんやばい、超カップル……」
「さすがにやりすぎですか?」
「そんなことないって!……いやホント、嬉しいです」

彼氏からもらったものだ、大事に握り込み、失くしたりしないようすぐに付ける場所を探した。
色々考えた末にベタではあるがケータイに付けることにした。今までストラップの類は使ったことがなかったから、嬉し恥ずかしといった心持ちである。

「なんか俺、寒河江くんから色々もらいすぎだよね。今度お返しとか考えるよ」
「――センパイにはもう色んなものもらってるから、いいんです」
「えぇ?」

何あげたかなぁ。細かく覚えてないけど、出かけたときに時々ジュースおごったりしてたからそういうのかな。
これまでのことをあれこれ思い返していたら、目の前がふっと翳り柔らかい唇が触れた。
もはや言葉はいらない。俺も寒河江くんのほうに向き直ってキスを重ねた。
そのまま俺たちはもつれ合いながらソファーに倒れ込み、じゃれあいにしては度が過ぎるスキンシップに溺れたのだった。



――物音と話し声が聞こえて、ふと目が覚めた。
暗い中で目を凝らした先に見えたドアはぴったりと閉じられていて、向こう側に人の気配がする。
ケータイの時計を確認したら夜中だった。もしかして寒河江くんの母親が帰ってきたのかな?
寒河江くんと性的な行為を含むイチャイチャをしたあと急激に眠くなって、一緒に布団に入ったのだ。けれど、狭いと思ったベッドに今は俺一人だ。
半身を起こして意味もなく腕を掻いていたら急にドアが開いた。
入ってきた電光の眩しさに眉をしかめたが、寒河江くんが戻ってきたのだと分かって必死に瞼を押し上げた。

「あれ、起こしちゃいました?」
「ん……なんか急に目ぇ覚めた……。親、帰ってきたの?」
「はい。あ、つーかうちの親と話とかしなくていいですからね」
「えっ、なんで?」

お邪魔してますのひと言くらい言わないと、泊まっている身としてはなんとも居心地が悪い。
そう訴えようとしたら、寒河江くんは部屋の鍵を閉めたあと布団を捲り上げて俺の隣に滑り込んできた。

「母さん、夜勤明けでブッサイクな顔してるからって会うの嫌がるんですよ。明日もね、昼まで寝てるんで声かけなくていいし。センパイのことは言っといたんで心配しないでください。ゆっくりしてってね、だそうです」
「そ、そうなんだ。ならいーけど……」

エッチした直後のことだから彼の親と顔を合わせるのは正直気まずいものがあるので内心ホッとした。というか、寒河江くんもさりげなく気遣ってくれたのかもしれない。俺たちはただの先輩後輩関係とは違うから。
横向きになった寒河江くんは、俺の体に腕を巻きつけながらあくびをした。

「あー……明日バイト休みてー……」
「バイト何時から?」
「ランチ時間から……。センパイといたいけど、明日はラスト、まで入ってるんで……」

寒河江くんの言葉が徐々に小さくなる。かなり眠そうだなぁと思っていたら、静かになった彼の呼吸はあっという間に寝息に変わった。

合宿の夜、俺たちは隣同士で眠った。今は違う、それよりもっと近い。
寒河江くんとの間が縮まってゆく。気持ちや行動を持て余すことも多いけれど、着実に進んでいる。俺と寒河江くんはこのペースでいいんだと、そう思う。

すやすやと寝入る呼吸音を聞いていたら、いつしか俺にも眠気が訪れた。
彼の香りと体温を堪能しながら朝を迎えるべく、できる限り寒河江くんに擦り寄った。


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