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見知らぬ人に理不尽を強いられた不快さや憤りは、次第に寒河江くんの優しい腕と体温に上書きされ落ち着いていった。
けれどそうなってみれば今度はもの足りなくなってしまって、寒河江くんとの間に少しだけ隙間を作った。

「……あの、寒河江くん、ちゅ……チューしてもいい?」

思い切ってそう申し出ると、固かった寒河江くんの口元が緩んだ。
うん、と頷いた彼の唇に顔を寄せて軽くキスをする。ドキドキしたけれど普通に出来てしまった。これはもしや、俺の彼氏レベルが上がった成果じゃないか?
触れてしまったら一回で満足するわけもなく、俺も寒河江くんも何度も唇を重ねた。
俺たちキスしまくりだ。でも付き合ってるんだからいいよな。
だって、キスって気持ちいいんだよ本当に。相手が寒河江くんだから余計にそう思うのかな。

ライトな口付けだったはずがそのうちにだんだんと舌を舐めるキスに変わっていった。この前と同じく、ゆっくり舌先を舐め合うやり方で。
しかし立ったままのディープキスは、普段は気にしてない身長差がなかなかきついということが分かった。軽く背伸びする俺もそうだが、寒河江くんだって微妙に屈まなきゃいけないから大変そう。
そんな事情から、あまり長くしないうちに俺たちの唇は離れた。
はぁ、という小さな溜め息が俺の頬にかかる。

「……オレ、めちゃくちゃ迷ってます」
「え?何を?」
「ここでセンパイのこと帰したほうがいいんだろうなって思うんですけど――」

寒河江くんの両手が俺の首をそっと撫でた。もぞもぞとした感覚が背中を這い回る。それは決して嫌な感覚じゃなくて、むしろ体温が上昇していった。
ほんの数日前のことだ、寒河江くんが言わんとしているところが分からないわけがない。

「つーかもう、一回やっちゃうと期待しちゃってダメですね」
「ダ、ダメじゃないよ、そんな」
「でも……またこの前みたくセンパイに冷たくされんのやだし」
「しないって!絶対!」

恨み言じゃなく拗ねたような言い方をする寒河江くん。そんな彼の、首を撫でる手を強く握った。
俺だって同じだ、期待してる。寒河江くんとエッチなことをしたいと思ってる。
前回はいまいちピンとこなかったけれど、体験済みの今は明確にその気持ちが強い。

「だから俺、かっ、帰らないよ!」
「……マジですか」
「マジです」

彼氏レベルの低い不肖・俺だが、ここはしっかり頷いてみせた。
すると寒河江くんは俺の腕を引いて、部屋の奥のほうへと数歩移動した。そこにはローソファーじゃなくてシングルベッドがある。
俺がそこに座った途端、覆いかぶさるようにして寒河江くんが唇を塞いできた。
のけぞったそのはずみでベッドに肘をつく。
体勢的に見るとキスをしながらベッドに倒れこんだ形だけれど、この前みたいに強引な感じじゃなくて自然にそうなった。寒河江くんの手が俺の背を支えてくれて、俺もそうなるべく受身を取ったからだ。

この前のときといい、たぶん寒河江くんは上に乗るのが好みなんだろうな。
勝手が分からず後手に回ってしまう俺に焦れてそうしているのか、単純な好みなのかは分からないけど。
そう考えれば俺の中に心構えのようなものが出来ていた。だから今日は、怖くない。

「ん……んっ……あっ」

数回のキスのあと首のところに寒河江くんの唇が滑った。その瞬間、たちまち全身の力が抜けて完全にベッドに沈んだ。この前よりも陥落が早いような気がする。
寒河江くんの唇が、舌が、執拗に首周りを行き来する。
歯を立てず、唇で挟むような感じでそこばかりに何度もキスをする。そのたびにビクビクと俺の腰が跳ねた。

感じるっていうのはこういうことなんだ。言葉にしがたい疼きや痺れが下半身に伝播してゆく。
自分の体ながらこんな場所が敏感だなんて知らなかった。そして寒河江くんがしてくれないとエッチな気分に繋がらないだなんて、わがままなボディにもほどがある。
様々なメディアから得た知識から作り上げた妄想で思い描いていたエッチとは違う。そもそも男相手だし、けれどこの圧倒的リアル感を前にして、戸惑いと期待が入り混じった気持ちでごくりと喉を鳴らした。

「ぁ……んっ、ぅあ、あっ」

俺ばっかり声を出しちゃっていて恥ずかしい。寒河江くんも寒河江くんで呼吸が荒くなってるのは間近で感じられるけれど、こういう雰囲気はまだ慣れない。
彼の手がするりと俺の服の中に入ってくる。たくし上げられ、肌が露出した。
俺も手探りで彼の背中を撫でて同じように上着をずり上げた。服が汗で張りついてるのかすごく脱がしづらい。

寒河江くんが俺に跨ったまま一度上体を起こして自ら服を脱ぎ去った。
裸を見たらやっぱり気になってしまう腹に光るピアス。
今まではシルバーの小さくて丸いピアスだったのに、今日のはごつごつした十字架だ。存在感とセクシーさを際立たせている。
かすかに揺れるそれに惹かれて手を伸ばしたら、寒河江くんに指を絡め取られた。

「引っかかったりしたらオレ痛いんで、今日は触んないで」
「そ、そっか……うん」

せっかく知った寒河江くんの感じる場所に触れないなんて、なんだか寂しい。
恋人繋ぎのままの手はベッドに縫い留められた。寒河江くんの手も汗ばんでいて、湿り気でぴたりとくっついている。そんなちょっとしたことが嬉しい。
寒河江くんの顔が近づいてきたから目を閉じると優しい唇が触れた。けれどそのキスはすぐに深くなる。
一度知ってしまったらもっとそれ以上にと、好きな人が欲しくなってしまう。こういう気持ち、寒河江くんも同じなんだろうか。

「あっ……」

首筋にキスをされながら、いつの間にかほどけていた寒河江くんの手が胸の辺りを探った。官能が連動してビクッと肩が震える。
服を押し上げられ丸見え状態になった乳首を、ちゅうっと派手な音をたてて寒河江くんが吸った。

「あ、あの、ちょ、さ、寒河江……くん……ッ」
「ん……?」

舐めるんじゃなくてめっちゃ吸われてる。何とも表現しにくいこの恥ずかしさ。
エロ方面にはさほど興味を示さなかった寒河江くんが俺相手にこういうことしてるなんて、どうにもちぐはぐな感じがしてたまらない。これは本当に寒河江くんなのかと疑いたくなるくらいだ。
乳首に与えられる刺激には鈍いけれど、じわじわとした熱が湧き上がってくるから不思議だ。


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