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由井くんは、バス乗り場のある場所から逆方向へと向かい早足で歩いた。
どこに行くのかと思っていたら、駅に一旦入り、歩みを止めたのは逆側の出口に出てからだった。

「――本っ当にすみません部長!おれのせいで嫌な思いさせてごめんなさい!」

直角にピシッと体を折り曲げて由井くんが俺に頭を下げてきた。
気持ち悪かっただけでこれといった実害もなかったし、そんなに謝らなくてもいいのに。

「あの、由井くん……」
「レンタル屋行くたびにやけに話しかけてくるヤツがいるっていう印象しかなくて、あいつとは全然親しくもないし、それにおれ、ホモとかじゃないんで……っ!」
「うんうん、分かったから、お、落ち着いて」
「実はおれ、昔からああいう変なのに絡まれることが多くて……。まさか部長にまで迷惑かけるなんて、本当に面目ないです」

言いながら由井くんが小さく鼻をすすった。
さっきまであんなに楽しく文化祭の話をしていたのにここまで落ち込むなんてかわいそうだ。

「いや、すごい驚いたけど……そのへんの事情は寒河江くんからなんとなく聞いてるからさ、大丈夫だよ」
「そ、そうでしたか……。でも、迷惑かけてすみませんでした」
「まあ犬に噛まれたとでも思っとくよ……はは……」
「そんな!あーもう……本当はあのハゲにもっと謝らせたかったんですけど、あんまり長引かせると逆上させちゃうことがあるんで……」

さすが由井くんはこんな事態には慣れてるらしい。慣れてるっていうあたり、彼の苦労が窺えるけれど。
それから俺たちは、由井くんの先導で駅出口のそばにある交番に駆け込んだ。
『不審者に急に襲われて怖い思いをした』とあの男の外見的特徴を伝えると、小動物系のしおらしい由井くんにお巡りさんはとても親身になってくれた。
実際被害に遭ったのは俺だが、由井くんの特性を活かして自分が被害者だと名乗り出たのだ。由井くん、すごい演技派なんですけど。
警察の人が様子を見てきてくれるというので、その間に由井くんは迎えの要請のため自宅に電話をしはじめた。
しばらくして警察の人が戻って来た。あのボウズ男はまだあのあたりをうろうろしており、警察官が声をかけようと近づいたら慌ててその場を離れ、改札に消えていったそうだ。

「部長。お詫びにもなりませんけど、せめておれんちの車で家まで送ります」
「ううん、あいつがもういないなら普通に帰るよ。ほら、寒河江くんも一緒だし大丈夫だって」

寒河江くんを見上げると、彼は無言でこくりと頷いた。そういえば寒河江くん、ずっと喋ってないような気がするけど大丈夫かな。
あいつの目的は由井くんなんだ。さすがに二度目はないだろう。もしもまたああいうことがあったら、キャーでもチカーンでも女子顔負けの悲鳴を上げてみせるぜ!

由井くんは交番で親の迎えを待つとのことで、俺と寒河江くんは警察の人にお礼を言って交番を出た。
寒河江くんとぴったり並んでいつものバス乗り場に向かう。
逆恨みということもあるかもしれないので、道中ちょっとビクビクしながらあたりを見回したけれど、幸いそれらしい人影はなかった。
なんにせよ寒河江くんが隣にいてくれるから心強い。

発着場に着いてすぐ、そんなに待たずにバスが到着した。幸い後ろの座席に座ることができたけれど、バスが動き出しても俺と寒河江くんはしばらく黙ったままだった。
沈黙が居心地悪く、俺はムリヤリ話題を振ってみた。

「あー寒河江くん」
「……はい」
「ぬ、ぬいぐるみはどうしたの?なんか持ってないけど」
「……落としました」
「あ……そっか、うん……」

もしかしてさっきの一悶着のときに落としちゃったのかな。せっかく寒河江くんがクレーンゲームで取ってきてくれたのに残念だ。
それ以上話は広がらず、ぷっつりと途切れてしまった。話題選びを失敗した。でも寒河江くんの様子を見ていると明るい話もしにくい。
どうしたものかとぼんやりしていると、五番バスお馴染みのきついカーブでバスが大きく揺れた。そのとき、寒河江くんが俺の肩に頭を乗せてもたれかかってきた。

「寒河江くん?」
「…………」
「どうしたの?眠い?」
「……気分悪い……」
「えぇっ!?」

ぽつりと小さく漏らされた言葉に慌てふためいた。静かな車内でつい大きな声を出してしまって、手で口を塞いだ。
さっきのことがショックで具合が悪くなったんだろうか。詳しく聞いたことはないけれど、由井くん絡みでは寒河江くんも何かと苦労してるっぽいし。

「だ、大丈夫?俺、家まで送ってくよ。いい?」
「うん……」

寒河江くんが目を閉じてさらに体重をかけてきた。触れた彼の体温が熱い。
『亀ヶ林小学校前』で降りたあとは寒河江くんに寄り添いながら歩いた。ついこの前のことだから道はなんとなく覚えている。
気分が悪いと言ってはいたが彼の足取りはしっかりしていて、マンションの前まで無事届けられた。
ここで大丈夫なのか、部屋まで送ったほうがいいのかと心配しながら寒河江くんを覗き込んだら、彼は俺の手を握ってきた。

「……センパイ、家、上がって下さい」
「うん」

寒河江くんがそう言うなら、俺は喜んでお供する。
広々とした綺麗な玄関ホールを抜け、数日前にお邪魔した寒河江くんの自宅へと再訪問した。
親がいるならひと言挨拶を――と思ったが、前回と同じく家の中は無人のようだった。
そうして自室に入った途端、俺は寒河江くんに正面から抱きすくめられた。息が苦しくなるくらい強い力だ。

「さ、寒河江くん?」
「……マジ気分悪い。マジムカつく、あいつ……」

――あれっ!?もしかして『気分悪い』って、体調不良じゃなくて気に障ったって意味のほう!?しまった超勘違いしてた!
でも具合が悪くなったわけじゃないなら、そこは安心だ。

「センパイにあんな……マジ、あー……」
「あの……なんか、ご――」
「謝んないでください。センパイは何も悪くないし、あんなのは偶然が重なっただけです。そんでオレが勝手にムカついてるだけなんですから」

きっぱりと言い切られて口を閉じた。
ああそうだ、逆の立場だったらきっと俺も怒ってる。だって寒河江くんは彼氏だから。

「……しばらくこうさせてください。それだけでいいから」
「……うん」
「すいません……」
「あのね、俺だってめちゃくちゃキモかったしムカついたよ。だから寒河江くんにこうしててほしい」

そう言うと少しだけ腕の力が緩んだ。そのぶん俺からも、寒河江くんの背中に腕を回してぎゅっと抱きしめた。


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