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羽交い絞めのように感じたけれど、実際はうしろからぎゅうぎゅうと抱きつかれているだけだ。
ていうか折れる折れる折れる!!
突然の事態に混乱しながらも自分を拘束しているものを見たら、筋肉質のむっちりした太い腕が見えた。低い声といい背中に触れる胸板といい、体格のいい男のようだ。

「ハァハァ……邪魔がいなくなるのを待ってて良かった……」
「なっ……なっ?えっ……!?」

こういうときって言葉が出なくなるもんなんだな。せめて悲鳴のひとつでも上げられたらと思うのに、ちっとも大声が出ない。
咄嗟に何か対処しようと思っても真っ白になっちゃってどういう状況かすら全く理解も出来ない。
それでも反射的に背中を丸めてガード体勢をとった。これはもう危機的状況回避のための本能だ。

「ハァ……ハァ……やっぱり俺らは惹かれ合う運命なんだね……ユイちゃん……!」

ユイちゃん?女の子の名前?
でも俺は、たとえ周囲が薄暗かろうが後ろ姿だろうが女子に見えるはずもない。よってますますワケ分からん!
男のごっつい手がさわさわと俺の腕をさすった。耳の後ろでフンフン荒く呼吸をする男にものすごい勢いで匂いを嗅がれてゾワッと全身に鳥肌が立った。――なんだコイツ気持ち悪い!!
身動きひとつ取れない完全なフリーズ状態で涙目になっていると、すぐ近くから馴染みのある声が聞こえた。

「……何してんだあんた」

締め上げられていた体がふっと緩む。
ようやく拘束が解かれたのは、電話を終えた寒河江くんが背後の男を引き剥がしてくれたおかげだった。
慌てて荷物を拾い上げて距離を取ると、俺を羽交い絞めしていた男が素っ頓狂な声を上げた。

「誰だお前!!」
「こっちの台詞ですけど!?」

街灯に照らされているのは俺の記憶にはない男だった。全然知らない人。
ボウズ頭で首が太く、逆三角形のムキムキボディにピチピチのTシャツを来たスポーツマンタイプ。レスリングでもやっていそうな鍛え上げられたマッチョ体型だ。
角ばった顎にうっすらヒゲが生えているが、青年っぽい若さがある。

「ゲェッ気持ち悪ぃ、知らねぇ男に抱きついちまった!」
「そそそっくりそのまま返しますけど!」

勝手に抱きついておいてなんなんだその言い草は!マジで泣くぞ俺は!
それ以上文句も罵倒も出せずぱくぱくと口を開いたり閉じたりすることしか出来ない俺の代わりに、寒河江くんが俺の気持ちを代弁してくれた。

「つーか何あんた?人違いでやっといて謝りもしねーのかよ」
「まぎらわしいそっちが悪ィんだろうがよ!」
「は?」

寒河江くんは男の腕を掴んだまま鋭い目つきで威嚇した。うわ怖っ!めっちゃ怒ってる!寒河江くんが超怒ってる!
俺はもう大混乱で、情けないことに何も出来ずおろおろとするばかりだった。
そのとき由井くんが店を出てきて、すぐに異常事態を察したらしく真っ先に俺に駆け寄ってきてくれた。

「どうしたんですか!何かあったんですか部長!?」
「あ、あの……えっと……」
「ユイちゃんっ!」

どう説明すればいいのか頭の中で必死に状況を整理していたら、その前に男が明るい声を出して由井くんへと近寄ろうとした。しかし寒河江くんに腕を握られているせいか一歩進んだだけにとどまった。
あっ、そうか!『ユイ』っていうのは『由井』のことか!てことは由井くんの知り合い?

「も〜う、早く出てきてくれないから間違えちゃったよぉユイちゃぁん〜!」
「……?」
「えっ、まさか暗くて分かんない?俺だよ俺、俺!」
「……あぁ?」

こちらも不機嫌そうな声音で由井くんが男を睨みつけた。由井くんがそんな声出せるなんて知らなかったし知りたくなかったよ……。
やがて由井くんは何かを思い出したように声を上げ、俺の手首をぎゅっと掴んで引き寄せた。

「部長……これ、おれがよく行くレンタル屋の店員です。巻き込んですみません……」
「て、店員?」
「はっはーユイちゃんは照れ屋さんだなぁ!大学の夏休み短期バイトでなんとなく入った店だったのに、運命的な出会いをしたんじゃないか俺らは!もうユイちゃんが男の子でも構わない!俺はぁ、ユイちゃんが好きだぁぁ!!」

自分に酔ったような声で高らかに宣言をするボウズ男。周囲の人が何事かと遠巻きに俺たちをじろじろと見ている。
そこで俺はようやく思い至った――由井くんの誘引性トラブル体質を。要するに付きまとわれ案件だ。

それにしてもどうして俺と由井くんを間違えたんだろう。
俺と由井くんの共通点なんて、背格好と髪の色くらい?髪型は全然違うし。あ、あと撫で肩なのも似てるか?
服の色は……別に似てない。俺も由井くんもシャツだから?薄暗いから勘違いしたってことなんだろう。
男は「待ってた」とかなんとか言っていたから、俺たちが店に入るのを見て待ち伏せしてたってことなのか。由井くんが一人になるのを狙ったんだ。それって完全にストーカーじゃん!
いやしかし、由井くんがこの被害に遭わなかったのは良かった。だってめっちゃ気持ち悪かったもん。
さっきまでのことを思い出して怖気に震えたそのとき、地を這うような低い声が聞こえた。

「……おいテメー……」
「……はい?」
「部長に謝れ、このハゲ野郎」

信じられない思いで隣を見た。喋ったのは間違いなく由井くんだ。この愛らしい見た目を裏切るすごい単語が聞こえたんですけど。

「ゆっ、ユイちゃんはそんな下品なこと言っちゃダメだよ!あっ、分かった!このチャラ男のせいだろ!?こいつが俺の清らかなユイちゃんに悪い影響を――」
「うるせーキンタマすり潰すぞハゲ」

ボウズ男が短い悲鳴を上げながら両手で股間を押さえた。何故か俺まで股間がヒュッとした。

「そんなユイちゃん、ユイちゃんじゃない……」
「いいから謝れ。それが筋ってもんだろうが」
「…………す……スマン、悪かった……です」

大きい体を縮こませて、男は俺に向かって放心状態で謝ってきた。股間を押さえながらという情けない格好で。
何と返していいか分からず、俺は、曖昧に頷くことしか出来なかった。

「……行きましょう、部長」
「う、うん……」

呆然と立ち竦むボウズ頭をその場に残し、由井くんは俺の腕を引いた。そのあとを寒河江くんがついてくる。
ちらちらと遠巻きに見ていた人々は、無関心な顔をしてそそくさと散らばっていったのだった。


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