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俺のデイパックには宿題や筆記用具が詰まっているので景品が入りきらなかった。
寒河江くんが荷物を分担してくれると言うのでぬいぐるみだけ持たせた。謎のゆるキャラもイケメンが持つと「なにこれカワイイ〜!」となる不思議。
この時間、駅構内は混んでたから外で待っていると、やがて由井くんが改札を抜けてきた。

「こんにちは部長!」
「おー由井くん、久しぶり」
「お久しぶりです」

ぺこりと俺に向かって頭を下げる由井くん。
とはいえ久しぶりも何も、メールのやり取りはほぼ毎日してたけど。脳内彼氏騒動以来、由井くんとのメールが習慣付いちゃっていて、現実彼氏である寒河江くんより頻繁にしてるかもってくらいだ。

「今日、教室だったんだって?お疲れさま」
「はい。部長はどうして寒河江と?」
「えっと、寒河江くんがプライズくれるっていうから」

これ、とお菓子の箱を見せると由井くんはキョトンとした。いきなりそう言われてもそうなるに至った前後の事情が分からないんだろう。
しかし俺と寒河江くんが部活内で仲がいいことは知ってるし、そういうものかと勝手に納得してくれたみたいだった。

「俺ちょうど友達の家に行ってた帰りだったからさ、駅で待ち合わせたんだよ」
「そうなんですか。あ、でも偶然でも会えて良かったです!」
「んで、オレは愁たちと遊んだ帰り」
「ふーん?あっそ」

……前々から思ってたけど、由井くんって寒河江くんへの対応がドライだ。寒河江くんも承知していて気にしてないみたいだけど。
それでも仲良しなんだから、二人には何かしら通じ合うものがあるんだろうなあ。

今月の小遣いも残り少ないし手早くがっつり済まそうということで意見が一致した俺たちは、駅の近くにある丼もの屋に入った。
券売機でチケットを買って空いているテーブルを確保したら、俺の向かいに寒河江くんと由井くんが並んで座る形で落ち着いた。
合宿を機にニコニコ笑顔をよく見せるし目も合わせてくれるようになった由井くん。なによりめっちゃ喋ってくれる。怒涛の勢いで。

「――おれ、今年の文化祭は『山行』と『登高』にしようと思ってるんです」
「おお〜渋いなぁ、いいね。俺も一つは漢詩にしようと思ってるんだけどさ」
「どういうのですか?」
「『春曉』か『竹里館』あたりかなって。このへんだったら有名だし馴染みあるじゃん?『春望』は去年由井くんが書いてたし。今年も隷書?」
「そうですね……できれば篆書やりたいんですけど難しくて。今日、師匠に相談してきたとこです。部長はやっぱり崩し字ですか?得意ですもんね」
「得意っていうか、俺、楷書苦手だからね……いっつもじいちゃんに渋い顔されるし」
「あっ、螢山先生はお元気ですか?」
「元気だよー。そうそう由井くんの話したらね、じいちゃんが今度遊びにおいでって言ってた」
「ほ、本当ですか!?えっ、本気にしますよ!?」
「うん、おいでよ」

由井くんが頬を真っ赤に染めながら身を乗り出してすごい勢いで食いついてきたから、俺はやや引きながらも頷いた。
そんな俺たちの会話を黙って聞いていた寒河江くんは、笑いを噛み殺しているような顔で口元を覆いながら「……書道オタク」と小さくつぶやいた。
いかんいかん、寒河江くんを置き去りにしてしまった。

「ご、ごめんね寒河江くん。つい……」
「いいですよ二人で話してて。見てると面白いし」
「えっと、寒河江くんは文化祭の展示どうするか考えた?」
「あーまあフツーに習字の課題から。ってか由井に勝手に決められたっつーか」

決められたってどういうことだろう。由井くんをちらりと見やると、うんうん頷いていた。

「寒河江が全然決めないから、夏休みの宿題を一緒にやったときついでにおれが選んじゃいました」
「そっかぁ。まあ慣れてないと何がいいか分からないし選びきれないよね。で、何にしたの?」
「『健全な精神』」

思わずブフォッと吹き出してしまった。水飲んでなくて良かった!
課題としては中学レベルくらいの実にありふれたものだけれど――なんとなく、なんとなくだよ?すごく申し訳ない気持ちになった。
俺と同じことを考えたのか寒河江くんも苦笑している。

「寒河江にはそれくらいのレベルがちょうどいいかと思って」
「そ、そっか。わかった、うん、じゃあ休み明けたら練習しよっか、寒河江くん」
「はい」
「あ、来ましたよ」

注文したものがテーブルに届いて由井くんの意識がそっちへと行ったからホッとした。自意識過剰なのは分かっているが心臓に悪い。
それぞれに黙々と丼をかきこんで、空いた腹を満たした。
長居するような店でもないから食べ終わったら早々に席を立つ。しかし由井くんが腰周りに手を当てて「あっ」と声を上げたのだった。

「あれ?……あっ」
「どうしたの由井くん」
「テーブルの下に小銭入れ落としちゃってたみたいで……すいません部長、そっちどいてもらってもいいですか?」
「え、どこ?俺取るよ?」
「いえ、大丈夫なんで寒河江と先に店出ててください」

由井くんがそう言うならと寒河江くんと一緒に店を出た。もうだいぶ日が落ちて薄暗くなっている。
今日は月が出てないのかなと空を見上げていたら、聞き覚えのある着信音が鳴った。寒河江くんがポケットからスマホを取り出し溜め息を吐いた。

「あー……親から電話です」
「え?じゃあ早く出なきゃ」
「すいません」

親との会話を聞かれるのは恥ずかしいようで、寒河江くんはスマホを耳に当てながら少し離れたところまで移動していってしまった。
俺は手持ち無沙汰気味に、店の軒先でぼんやり空を見ながら二人が揃うのを待った――のだが。

――突然、背後から羽交い絞めにされた。

「こんなところで会えるなんて運命だね……!」
「ひぃっ!?」

首筋にぬるい息がかかる。耳に低い声が流し込まれて眩暈がした。
引きつった悲鳴を上げた瞬間、肩にかけていたデイパックがどさりと地面に落ちた。


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