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古屋が体ごと俺に向き直ってあぐらをかいた。つられて俺も起き上がり、ベッドの上でなんとなく正座をして畏まった。
「つうか何だよいきなり。お前今までそんなこと聞いてこなかったのに」
「へっ!?あーあの、ホントはずっと気になってたんだよ?だけどなんとなく聞けなかったっていうか……聞いちゃいけないような気がしてて」
「……まさか楠……」
古屋に鋭く見つめられてドクドクと動悸が速くなった。
もう赤みは消えたはずの首周りを注視されている気がして、掌に嫌な汗が滲む。
「お前、俺の知らないうちに彼女できたのか!?」
「ちち違います!彼女だなんてそんな滅相もない!」
的外れな意見に内心ホッとし、出来たのは彼女ではなく彼氏だという事実に冷や汗をかいた。
「ここんとこお前、髪型変えたり服とかミョーに気ぃ遣ってんだろ。実は出来たんじゃねーのかなって思ってたんだけど」
「全然そんなんじゃないよ!」
「ウソつけ。急に見た目の雰囲気変わったから、楠に何かあったのかもってうちの部でも話してたんだよ」
「な、なに、どんな風に?あいつ張り切りすぎキモイって?」
「違ぇって。まあ好きな女子でもできたんじゃねーのってさ」
順番が逆だ。恋人を作るために身だしなみを整えたんだよ。
そのきっかけともいえる張本人には、こんなことやっぱり恥ずかしくて言えない。俺にもちっぽけな見栄のようなものがあるから。
「あの……色々変えたのは最近入った後輩の影響でして」
「そうなのか?そいつどんなヤツ?」
「いい子だよ」
「楠はたいてい誰でもいい子って言うからなあ……。……いや違うな、楠の前だと誰でもいい子になるんだわ」
古屋の謎かけのような言葉に首を傾げた。
俺の前だと『いい子になる』ってどういう意味だろう。どことなく哲学的な香りのする台詞じゃないか。
「なにそれ?」
「気が抜けるっつーか毒気が抜かれるっつーか」
「えぇーなに俺、心の友に現在進行形でディスられてる?」
「褒めてる褒めてる」
「ありがとう!そんな古屋くんにはこのポッキーを進呈しよう!」
「それ俺んちのお菓子だけどな」
「まあまあそう言わずに!」
ポッキーの小袋をぐいぐい押し付けると、古屋は律儀に受け取りながらも表情を固く引き締めた。
「――マジな話さ、お前、特技あるんだからしっかりしろよ」
「特技って書道のこと?……しかないけど」
「そう。つーかお前に言ってなかったけど、実は俺、前に習字教室行ってたからわりと自信あったんだよ、書道」
元・書道部員でもある古屋。このゴツイ手で繊細な字を書くなぁと感心していたのだが、教室に通ってたのか。
書道部をやめちゃったのは残念だけれど、古屋にはもうひとつ美声という武器があるのだから致し方ない。
「地域のコンクールでちょこちょこ賞もらって、中学じゃ全国展用の校内審査で選ばれたくらいでさ。なのにお前にはベコベコにヘコまされたんだわ。……正直言うと、嫉妬した」
「……え?」
「お前とのレベルの違いを感じてな。小手先の技術に必死な俺とは立ってるステージが全然違うって。だから俺、書道部やめたんだよ。お前のそばで書いてたら、追いつけない焦りと妬みでお前のこと嫌いになりそうだったから」
不穏な言葉とともに、古屋がポッキーの袋を握り締めた。袋の中でボキッと数本折れる音がした。
妬み嫉みだとか、そんな感情を俺に抱いていたなんて知らなかった。古屋はいつでも気のいいゴリラで、俺はそんなこいつのことが大好きでいたのに。
「ま、悔しい思いしながら書道続けるよりお前と友達でいるほうを選んだってこと。お前の字、マジでカッケェよ。書道やってるときの真剣な顔とかさ。そういうの見て好きになる子もいるだろうし、むしろなんで女子は楠の魅力が分かんねーんだって思うわ」
「いやいや……書道地味すぎだしね、魅力とか言われても……」
「いやいやそういうアンテナに引っかかる子、絶対いるって!だから特技を誇って自信持て!好きな子できたらガンガンいけよな!」
激励のつもりか、古屋は立ち上がって俺の両肩を思いっきり叩いた。
ゴリラの腕力を考慮してほしい。超痛い!肩が粉砕したかと思ったわ!文化部にあるまじき膂力だぞ!?
それにしても本当に古屋はいいヤツだ。内面のドロドロした部分を欠片も俺に悟らせることなく、いい友達として付き合ってきてくれたんだから。くそ、涙が出そう。
そのとき、ポケットに入れていたケータイの振動が尻に伝わった。開いてみると新着メールが一通届いていた。
本文はなく、写真が添付されてるだけ。
人差し指にごつめのリングがはまったVサインの手と、クレーンゲームの景品らしいお菓子の大箱が写った写真。
それを見て口元が緩んだ。
遊園地のゲーセンで景品取れなかったのがそんなに悔しかったんだな、寒河江くん。ゲット報告してくるなんてよっぽどだ。
そして続けてもう一通メールが届いた。――『今日か明日、ちょっとだけでいいんで会えませんか』と。
「メール?」
「うん。例の最近入った後輩」
後輩で、俺の彼氏。
キスもエッチも、早かろうが遅かろうがしたいと思ったからしたんだ。他の人と比べるなんて無意味もいいところだろう。
好きな子にはガンガンいけという古屋のアドバイス通り、俺は、『今日会いたい』と返信した。
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