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次の日の朝、鏡を見たら首周りの赤みはすっかり消えていた。
肩から力が抜けたような、いざなくなってしまえば寂しいような、そんな複雑な気持ちになった。

その二日後――夏休みも徐々に終わりが見えてきたこの日、俺はゴリマッチョ古屋の家に来ていた。夏休み課題の残りを一緒にやろうと約束していたのである。
俺らも受験生ですから、最初の一時間くらいは真面目にやっていた。しかし次第に休憩の時間が長くなって、結局お互いに好きなことをしはじめた。古屋はゲーム、俺は漫画。いつものことだけどね。

「なぁ楠、今年の合宿どうだった?」
「んー?」

別々のことをしながら話しはじめるのもいつものことだ。
俺は古屋のベッドに仰向けに寝転んで、目は漫画を追っている。古屋も同じくゲーム画面から視線をはずさない。

「実は直前に部員増えてさ、合宿盛り上がったよ」
「マジで?よかったな」
「うん、引退後も安泰」

海効果で二年が一気に四人も増えた。その彼らも活動に前向きに取り組んでくれているからありがたい。
一年の子がもう少し増えてくれたら言うことナシなんだけどな。

「みんなで海行ったんだけど、めっちゃ暑くて死ぬかと思った。でも楽しかったよ」
「あの合宿それがなきゃなあ……」
「古屋、子供の頃に海で溺れかけたんだっけ?」
「そう。海ん中で急に足つってよー、あれは忘れらんないわ。まじトラウマ」
「まあ、そのおかげで一年のときはあのあたりの探検できて面白かったし」
「あーあーそういや神社とか行ったよな。境内裏の木に髪むしられたミョカちゃん人形が釘打ちされてたのは恐怖だったけど」
「今まで忘れてたのにどうして思い出させた!?」

読みかけの漫画を閉じてゴリラの分厚い肩を叩いた。ふるやんのばか!
雨ざらしでボロボロになった女児向け人形を鮮明に思い出してしまって震え上がる俺に対し、古屋が大きい体を揺らして「あれは昼間でも怖かったよなぁ」とげらげら笑った。
しかし、その探検があったからこそ寒河江くんと夜の散歩に行くことができたのだ。さらにそこで俺に彼氏が出来たわけですが。

「……ふ、古屋さ、休み中どっか行った?」
「まあな。けっこー遊んだ」
「うわっ、余裕じゃん」
「別に余裕じゃねぇし。つかお前、なんでこの前誘ったのに断ってんだよ」

古屋の言葉で、数日前に放送部野郎班みんなでフリータイムカラオケ行くからお前も来いよと誘われたことを思い出した。

「あー、放送部のやつ?俺、部員じゃないもん」
「部員じゃん」
「えっ、やめてやめて勝手に混ぜるのやめて。入部した覚えないし書道部長だからね!てか、あの日予定入ってたしどっちにしろ無理でしたー」

その日はちょうど寒河江くんとデートの日だったのだ。恋人を優先するのは当たり前である。まあ普通にデートのほうが先約だったんだけど。
デートの日のことを思い出した俺は、ごろりと寝返りを打ってうつ伏せになった。

「……ねえねえフルえもーん」
「なんだい、くすのき太くん」
「ちょっと聞いていい?」
「んぁ?」
「ま、まゆちゃんとさぁ、遊びに行ったりした?」

俺の質問に古屋の動きが一瞬止まった。そしてゲームも一時ポーズし、ぐるりと顔だけ俺に向けてきた。うわぁ、気持ち悪いニヤけ顔。
古屋の彼女である奇跡の美少女・繭子ちゃんのことを聞くといつもこの幸せそうな蕩け顔を披露してくれる。鼻の穴広がってるよ、古屋くん。

「それだけど、二人で水族館行ってきた」
「そ、そーなんだ?いつ?」
「休み入ってすぐ。まゆちゃんペンギン見てはしゃいでてマジ可愛かったっす。イルカとアシカのショーも喜んでたし可愛かった。あと帰りにおそろいのキーホルダー買ったわ」
「お……おぉ〜リア充ぅ〜」

俺から聞かない限り古屋はあんまり喋らないけれど、二人の交際は順調のようだ。
付き合いが順調ってことは――やはりあるんじゃないだろうか、恋人関係の避けては通れないアレが。

「あのさ古屋……ぶっちゃけ、まゆちゃんとどこまでいった?」
「は?デートは近場ばっかだけど?」
「そうじゃなくて。ほらその……ちゅ、ちゅーとか……そのへんの……」

ムニャムニャと言葉を濁したけれど、古屋にその意味は通じたらしい。可憐に頬を染めるゴリラ、ちょっと可愛い。

「あー……あぁ、そっちのことかよ」
「プライバシー厳守なんで、ぜひ」
「いや、お前だしそんなのは別にいいけど。そりゃ、付き合ってだいぶ経つし、なぁ?」
「うん?」

ドキドキしながら古屋の言葉を待った。
彼はコントローラーを床に置いて、指毛モサモサのぶっとい指をもじもじ擦り合わせた。なんだこの乙女の仕草。

「てー……手ぇ繋いで……」
「うん」
「まあ、ちゅ、チューもな?うん……」
「しました?」
「言わせんなバカ!」

さっきのお返しとばかりに今度は俺が肩を叩かれた。あの、本気で痛いんですけど……。
そうかしたのか。ふるやん、耳まで真っ赤。

「で?」
「ん?」
「その……チューにも種類があんじゃん?か、軽いのから深いのまで……」
「はぁ?深いのなんてやるわけねえだろ!」

照れ隠しなのか大声で怒鳴られた俺は、驚いて目をひん剥いた。
え?だって古屋たちって付き合い始めて半年くらい経ってなかったっけ?

「はっ……初チューしたの昨日だぞ俺ら!」
「昨日!?」

衝撃の事実に俺も大声で言い返した。
なんと、付き合って初めての接吻を昨日したばかりだというのか!

「そ、そっか……おめでと。よかったな」
「おう」

赤い顔でプイと横を向いてしまった古屋。そして、絶望に打ちひしがれる俺。
実に健全な交際をしているらしい二人に対し、俺は、ずいぶんと先を行ってしまったようだ。
付き合ったその日に初キス、一週間後にはエッチなことを経験しただなんて、俺と寒河江くんの関係は爛れてるんだろうか?
どうしよう、不安になってきた……。


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