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二人ともイッたあとに体についた体液をティッシュやタオルで拭ったりする間、俺は放心状態だった。
服を着てソファーに座り直し、ぬるくなったウーロン茶を無言で飲んだ。
寒河江くんは、さっきまでのは何だったんだろうってくらいに普段通りのテンションに戻っている。だけど俺の手を握ったまま寄り添って、手遊びをしながら目元にキスをしてくる。
今の俺たちはどこからどう見てもラブラブなカップルだろう。だけど俺は、動悸と呼吸が落ち着いた頃を見計らってケータイを掴んだ。

「……えっとじゃあ、そろそろ帰るね」
「え?」
「俺の服どこ?」

ペットボトルを置いて腰を浮かせたら、寒河江くんが俺の腕を掴んだ。
再度引き寄せられ彼の隣に戻る。

「泊まってけばいいじゃないですか」
「ううん、もう帰るよ」
「明日忙しいんですか?」
「そんなことないけど」
「……センパイ、なんか怒ってます?」

ポカンと口を半開きにして寒河江くんに向き直った。

「なんで?怒ってないよ」
「オレなんかしました?」
「してないって」
「……やっぱ、イヤでした?」

真剣に言い募られたからすかさず首を振った。
はっきり言葉にしてないけど、ついさっきまでの行為のことを指してるってことはさすがに分かる。

「……嫌じゃなかったよ、全然」

本当のことだ。嫌じゃなかった。気持ちよかったし、ただ――。

「親に帰るって言ってあるし、遅くなるとバスなくなっちゃうからさ。ごめん」

笑顔を必死に作ってみたけれど、気の抜けたような声じゃ恰好はつかなかった。
寒河江くんは疑いの目を向けてきてる。まだ言いたいことがありそうだったけど、息を吐いて掴んだ腕を離してくれた。

「……行く前に、キスしていいですか」
「うん」

頷いてから寒河江くんに体を寄せた。
唇が重なると自然と寒河江くんの動きに合わせて顔を傾けているあたり、今日だけでずいぶんキスの経験値が上がったと思う。

「センパイ……」
「なに?」
「……なんでもないです」

ハンガーにかけて乾かしてもらっていた自分の服を着込み、寒河江くんの家を出た。
外はもう真っ暗だ。
停留所まで送ってもらって、バスが来るまで寒河江くんは一緒に待っててくれた。今日行った遊園地のことなんかを話しながら。
やがて、予定時刻より少し遅れて道の向こうから見慣れたカラーのバスが近づいてきた。

「……来ちゃいましたね」
「だね。……あのさ、寒河江くん」
「はい?」
「またどっか遊びに行こうよ。空いてる日あったら教えて」
「……はい」

俺の誘いに寒河江くんが躊躇いがちに頷く。
少し微妙な空気の中、俺たちはバスのドアで隔たれた。


家に帰ったら、父さんにひと声かけてから俺はまず風呂場に直行した。
鏡を見て初めて気づいたけれど、首周りがまだらに薄赤くなっている。
これってキスマーク?いや、あれだけ寒河江くんにここを攻められたわけだし、刺激を受けて皮膚の色が変わってるだけかも。
そんなのを見たら風呂を出ても父さんと顔を合わせられず、自分の部屋に篭った。

――そう、俺は今日、初体験をしてしまったのだ。
要するに気まずいことこの上ない!

言わなきゃ誰にもバレないはずだけど、それにしたって後ろめたいし恥ずかしい。
もしあのまま寒河江くんの家に泊まって彼の親に遭遇したとしたら、たぶん爆発したと思う。羞恥心とかそういうものが。だから逃げ帰ってきたのだ。
エッチしたとはいっても男女でいうところの合体技とは違うし俺が童貞なのは依然変わらないけど、心の童貞を捨て去ったとでもいおうか……。
こういうことを経験すれば自ずと自信がついて、男としての余裕みたいなものが出来ると思ってた。
なのに、何なんだこの喪失感は!?

あと、行為中の寒河江くんが初めて見る感じで……うん、途中までは良かった。こんな顔もするんだなぁってキュンとしたり新鮮な気持ちでいたけれど、問題は最後のほうだ。
あのとき実は俺、ちょっと怖かったんだよ!
あんな風に押し倒されるなんて思いもしなかったし、そもそも寒河江くんってそういうことしそうなキャラじゃないじゃん?俺の中のイメージでは、だけど。
だいたい「かわいい」ってなに?可愛いって!それは褒めてんの貶してんの!?

これが怒ってるならそう言えたよ。だけどそうじゃないんだ。
色々とキャパオーバーで真っ白になっちゃって、耳に膜が張られてるみたいに寒河江くんの声が遠くに聞こえた。テンパるよりさらに悪い状態だ。
そんなわけで、今日のところはとにかく一人になって落ち着きを取り戻したかった。
思い返してみたら俺、寒河江くんに変な態度取っちゃってたよなぁ。あとでちゃんと謝ろう……。

今日の出来事がメリーゴーランドみたいにぐるぐると回る。
色々初体験しちゃって、アレを触りあったり、初ベロちゅーして、ヘソピのとこ感じるとか、寒河江くん怖かったし、デート楽しかったし、今日暑かった――。

ベッドに寝転びながら両手で顔を覆った。
まだ首の辺りに寒河江くんの唇の感触が残ってるような気がしてムズムズする。
俺はそのまま布団の上で、唸りながら右へ左へと何回転もした。


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