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付きまとっていたという言葉にビクッと肩が揺れた。なにやら既視感のある台詞だ。

「塾でクラスが一緒だからよく話すようになって、それで由井が優しくしたとかなんかで彼女が付き合ってるって思い込んじゃったみたいです。オレはそれに巻き込まれたってわけ」
「ふ、ふぅん」
「首突っ込んじゃった手前、このまま見過ごすのも後味悪いと思って間に入ったんですよ。由井も困ってたし。その場では落ち着いたんで誤解が解けて良かったって、安心してました」

そのときに、何かあったら連絡ちょうだいと、寒河江くんと由井くんはアドレス交換をしたのだそうだ。

「――でもね、彼女、それから由井にストーカーしはじめてたんですよ」
「……!」
「部活中オレと話さなくなったしこっちから話しかけても完無視するんで、その子と友達付き合い続けるのは諦めました。だから全然知らなかったんですけど、ある日突然、由井から電話が来て――」

先を聞くのが怖くなった。外気は暑いはずなのに寒気で背筋が震える。だけど聞かずには終われない。

「……まあ、警察沙汰とまではいきませんけどかなりヤバかったです。そのあと由井と直接話して、彼女がストーカーしてるってそのとき知ったんで、あいつに協力しました。結局、親まで入ってようやく収まったんですけど、こういうのって男に不利じゃないですか。だからオレも二人のこと話したりして……説得すんのマジで大変でした」
「そ……そんなことがあったんだ……」
「彼女、揉め事のあとは学校もあんま来なくなっちゃってそれっきりです。部活で彼女のこと超聞かれたけど、こんなこと人にペラペラ言いふらせないじゃないですか。それでなんか彼女のことはオレのせいみたいなイヤな空気になって、色々面倒になったんで休部しました。……事実上の退部ですけど」

寒河江くんの声のトーンがグッと低くなった。なんとも理不尽な話に、俺の顔も知らず強張っていった。
大変だった当事者にその仕打ちとは泣きっ面に蜂もいいところだ。

「かわりに由井とは気が合ったから、空いた放課後はオレも同じ塾に通いはじめました。んで、由井と同じ高校入ったんです」
「へぇ……」
「仲良くなってから知ったんですけど、由井って笑えないくらい似たようなトラブル多いんですよ。中学んときほどのレベルのはなかったけど、ほんと、男も女も関係なく」

由井くんのトラブル体質と寒河江くんとの関係がようやくわかって色々と納得した。けれど決してすっきりするような話じゃなかった。

「だからってわけでもないんですけど、オレ、由井の周りに関しては警戒心強くて、そのせいでセンパイにいきなりあんな失礼な態度とっちゃって……本当に、反省してます」
「あ、ううん……別に」

いいんだけど、と気軽には言えなかった。たぶん寒河江くんは、俺が思う以上に気にしている。
俺がアホな一人遊びをしなければ彼が気を揉むこともなかったのに、それがなかったら俺たちは会わなかっただろう。何が良くて何が悪かったのかなんて、今となってはわからない。

「書道部ではそういうのないみたいだったし半年くらい平和だったから、油断してたんでその反動みたいな……」
「う、うん、まあ元はといえば俺が変なことしたからだよね!誤解させるようなことしたから……つーか俺も言っちゃうけど、由井くんを仮想の恋人にしたのはね、さっき話した古屋に彼女ができたからなんだよ」

寒河江くんがゆっくりとこっちを向いた。それが思っていたよりも沈んだ表情じゃなかったことに安心した。

「古屋に先越されたのが羨ましいっていうか悔しくてさ。対抗心っつーのかな?とにかく寂しくなって俺も彼女ほしくなったんだよ。でもほら、分かってると思うけどなかなかそこまで踏み出せなくて、それで由井くんなら知ってる子だし優しい子だからって――以下、前に話した通りです」

まだ打ち明けてなかった事実を暴露したら、寒気は吹き飛んで今度はじわじわと熱くなってきた。寒河江くんには自分の弱点を晒してばかりだ。
くすりと小さく笑う声が聞こえる。彼が笑ってくれたおかげで張り詰めていた緊張の糸が緩んだ。

「それさ、あいつセンパイの前だとチョー猫被ってますよ」
「ぅえっ?」
「由井ってマジでキッツイ性格してるから。すぐ怒るしヒデーことポンポン言うしですっげー沸点低いんですよ。ただ、こまめに発散するぶん遠慮なく言い合えるしわだかまりも残んないから、そういうとこオレは気に入ってますけどね。センパイが由井のこと癒しとかなんとか言うからビックリっつーか、ハァ?って感じでしたよ」
「そ、そうなんだ。全然わかんなかった……」

あんまり厳しいことを言われると俺はすぐ泣いちゃうので、由井くんにはぜひそのまま猫でも犬でも被っていてもらいたい。

「それくらい、由井はセンパイのこと尊敬してるんだと思いますよ」
「そっかぁ。ありがたいような複雑なような……」
「オレも――」

同じです、と寒河江くんが言った。俺の目を見ながら。
違う――俺が、彼の目を見つめてるんだ。
視線を逸らせない。喉を下っていく唾の音が、やけに大きく聞こえた。

「……あの、俺……色々あったけど、寒河江くんと知り合えて良かったと思ってるよ」
「……うん」
「なんかイケメンになれた気がするし、寒河江くんと遊びに行くのも楽しいし……。で、でも彼女できる気配は全然ないけどね」

情けない自分を弱々しく笑う。なのにそのことに劣等感を抱いてない。
今が、今のままがいいと思ってるから。


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