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一年のときのことや海を怖がる古屋の顔を思い出して笑いがこみ上げてきた。初めてここに来た二年前が遠い昔みたいだ。
今のこの状況もそのうち懐かしい思い出になってしまうのだろう。

「まあ、その合宿も今年で最後かと思うとやっぱ寂しいよね」
「……センパイ、進路ってどうするんですか?」
「ん?あー……普通に受験だよ。俺の学力に合ったそれなりの大学だけどね」
「じゃあ夏休み、実は忙しかったりします?」
「オープンキャンパスとか勉強会とか色々あるけど、遊べるときには遊ぶよ。文化祭の準備もしたいし」

昔から母さんに「就職がどうであれ大学は絶対に出ておきなさい」と耳にたこができるくらい言われてるからそのつもりでいる。言いなりになるっていうよりは、母さんの言い分が正しいと思うからそうする。ただ、書道部のあるところに行きたいっていうのが大学選びの大前提なのは譲れない。
それにしても、寒河江くんが俺の進路を聞いてくるなんて初めてだ。
一学年下の彼といるときはそういうことを考えずに気楽な気持ちでいられたから、まさか今ここでその質問が出るとは思わなかった。

「部活の引退って、やっぱ文化祭のあとですか?」
「うん、そうだよ」
「……そしたら、部室に来なくなります?」

静かな声音に引き寄せられるように寒河江くんのほうへと顔を向けた。
寒河江くんは笑顔じゃなくて、どこか寂しそうでいて――。

「ぶ、部室には遊びに行くよ。頻繁に行くとアレだから時々様子見くらいで……」
「……そうですか」
「あー……うーん……あっ、そうだ!せっかくだし寒河江くんには教えとくよ。我が書道部、次期部長はなんと、由井くんです!」

とっておきのサプライズ情報を教えたというのに、寒河江くんは「ふーん」と無感動に頷いただけだった。
がくっと俺の意気込みが折れる。

「な、なんだよーもっと驚こうよー」
「驚くもなにも……フツーに順当でしょ。オレらは二年っつっても入ったばっかだし。んで、小磯が続けて副部長ってことですよね?」
「そうなんだけどー。明日のミーティングで発表することを先に教えてあげたのに……」

大沢先生とも話し合って決めた新部長は、文化祭のテーマ決めとあわせて発表する段取りだ。
三年生の正式な引退は文化祭が終わってからだけれど、今年度の三年は俺一人なので前倒しで引継ぎするつもりなのだ。
そう考えると高校生活も残り少ない気がした。引退後は本格的に受験に向けて勉強しなきゃならないし、こうやって楽しんでいられるのもいまのうち。
寒河江くんとこうしていられるのも、今だけだ。

「――中学んときにさ」
「ん?」
「オレ、中学生んとき部活で仲良かった女子がいたんですよ」

ぽつりと寒河江くんが話し始めた。
突然はじまった話の行く末が気になって耳を澄ませると、虫の音も同時に聞こえてきた。

「部活やってたんだ?」
「はい。陸上部で男女混合だったんで、クラスは違ったんですけどよく話してた子でした。正直、ちょっと気になってたっつーか……」

寒河江くんが中学時代まさか陸上部だったとは。そして気になる女子がいたのだと聞いて胸の奥が疼いた。

「……それで?」
「その子スゲー努力家で、部活フルでやりながらいい高校行きたいからって塾にも通ってたんですよ。けど、二年の……夏頃だったかな、通ってる塾でカレシできたって言われて」
「あー……」
「失恋ってほどでもないけど軽くショックでしたね。でもまあしょーがないかって思いました」

寒河江くんは遠い目をして海の彼方をじっと見つめている。俺は、そんな寒河江くんの横顔を見つめた。

「それでも友達は続けてたんですよ。だけど、その子からカレシの話が頻繁に出てくるわけですよ。あんま聞きたくなかったけど、ノロケじゃなくて相談みたいな感じだったから一応聞いてたんですけど……」
「けど?」
「……だんだんと話がヘンだなって思うようになって。聞いてると、カレシが冷たいとか、デートに誘ってくれないとか、やたらと愚痴っぽくなってきたんです」

話の方向が不穏になってきて、ごくりと生唾を飲み込んだ。

「そんなんオレに言っても意味ないじゃないですか。だから不満があるなら直接本人に言えばっつったんですよ。でも、そんなことできないとかぐずぐず言うばっかりで、さすがにオレもイラついてきて」
「…………」
「そのうちその子が『そっけないカレシにヤキモチ妬かせたいからデートするフリして』ってオレに頼んできたんです。カレシの気ぃ引くために他の男使うっておかしくね?ってすぐ断りました。なのに、カレシと話したいけど一人じゃ不安だからついてくるだけでもってしつこくお願いされて……今考えてもオレほんとバカだなーと思うんですけど、頼られて満更でもなかったんでオッケーしちゃったんですよ」

寒河江くんが、はぁぁ、と長い溜め息をついてうなだれた。

「話し合うのが不安ってくらいだから相手はどんな怖いヤツかと思ったら、全然フツーの、むしろ大人しそうな感じのヤツでした。……それが、由井です」
「由井くん!?」

そこで出てきた由井くんの名前に思わず腰が浮いた。
ええと、寒河江くんと仲が良かった女子の彼氏が由井くん?……なんかややこしいな。

「オレはそこで初めて由井と知り合ったんです。んで話続きますけど、こんな優しそうなヤツがカノジョないがしろにするなんて見かけによらないなぁぐらいにしか思わなかったんすよ」
「そ、それで?」
「でも実際二人が目の前で話してるの見て、ますますヘンだなって感じました。二人の話が噛み合ってなかったんです」
「…………」
「結論言うと、二人は付き合ってませんでした。つーか彼女のほうが変な勘違いこじらせて由井に付きまとってたんですよ」

俯きながら、それでもはっきりと寒河江くんは言った。


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