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海岸には他にもたくさん人がいて、花火や海岸散歩を思い思いに楽しんでた。
俺たちも空いてるスペースに陣取って花火をはじめた。噴出花火を並べて連続で点火したり、線香花火を束で両手持ちしたり、手持ち花火で宙に字を書いてスマホで撮ってみたりと、思いつく限りのことを。
花火に飽きたら波打ち際を裸足で歩き、海水の冷たさと波が砂を浚う感触にワアワアと大げさな悲鳴を上げた。

男十人で全力消費していたら、大量に持ってきていた花火はすぐになくなった。
手持ち花火の最後の火がぱちぱちと小さく消えるのをみんなで見守っていると、ちょっとだけしんみりとした空気が漂った。

ゴミを片付け、火の消し残りがないことを確認したら書道部の花火大会はお開きになった。
来たときとは違って宿に戻るみんなの足がスローペースだ。
明日もまだ海水浴という楽しみが残っているはずなのに、夏が終わってしまったかのような一抹の寂寥感があった。
燃えて、弾けて、一瞬で消え去る。――花火の楽しさは寂しさと表裏一体だ。

宿に着くと、俺はまずバケツを洗ってライターと一緒に宿の人に返した。
それから全員で布団を敷いて寝る態勢を整えた。出来上がりは見事にぐちゃぐちゃだったけど寝られればいいんだ、気にしない!
布団の用意のあとはすぐに入浴時間だ。慌ただしいが他の宿泊客もいるので時間はずらせない。

風呂は『新入部員班』に先に入ってもらうことにした。部長と副部長には本日の後始末という仕事があるからだ。
由井くんも交えて三人で、帰館報告と明日の日程の話をしに先生の宿泊部屋にお邪魔した。先生は大部屋ではなく他に個室を取ってあるのだ。

「あ、部長おかえりー。もう風呂空いてますよ〜」

話を終えて俺たちが大部屋に戻ると先発班はすでに風呂を上がっていた。布団に寝そべってスマホをいじりながらダラダラと喋っている。
残りの『元から書道部員班』は、俺以外もう風呂に入る準備をしてあったそうで「先に行ってますよ」とあっさり置いてかれてしまった。
ぶ、部長はやることが多くて忙しいんだよ!用意が出来てなくて一人残されても仕方ない!
急いで着替えやタオルの準備をしていたら、新入部員班の一人、須原くんが俺の肩をつんつんとつついてきた。

「ちょっとちょっとスーザン先輩」
「んー?なに?」

顔を上げたら、須原くんの隣でニヤけている神林くんに腕を掴まれてチャラ男どもの輪にずるずると引きずり込まれた。
寒河江くん、神林くん、中丸くん、須原くん、池内くんが布団の上で向き合って座っている。

「な、なに?俺、風呂に行かなきゃいけないんですけど……」
「いやぁそれがさー聞いてくださいよー。んーと、夕飯前くらいだったっけ?俺ら、休憩んときにちょっと宿の外に出たんすよ。そしたら他の泊まり客と玄関先でバッタリ会ったんですけど……」
「ふむふむ?」

休憩時間ということは、俺は由井くんからじいちゃんについて怒涛の質問責めをされてた頃か。

「その客ってのがなんと、女子大生の団体だったんですよ!」
「そうそう!浮き輪とかビニールバッグ持ってたんで、泳ぎに行ってきたんですかーつって声かけたらなんかハナシ盛り上がっちゃって」
「まじで?」

チャラ男すげえ。なんでそんな出会って数分で女子と仲良くなれちゃうの?なんか特別なスキルでもあるの?
そしてどうしてその話を俺にするのかな!自慢か、自慢なのか!

「サークルの女子友何人かで来てるらしくって、新館のほうに二泊三日で泊まってるんだとか。明日帰るんだそーですよ」
「へ……へえ、そうなんだ?」
「んでー、夜になったら部屋に遊びに来ない?って俺ら誘われちゃったんスよー!!」

神林くんと須原くんがヒュー!と高い声を上げながらハイタッチをした。テンション高ぇ。

「えっと……先生には黙っといてって話?まあ、あんま遅くなんないうちに帰ってきてね」
「何言ってんすか部長、違うって!だぁかぁらぁ……部長も風呂上がったら俺らと一緒に来ない?ってお誘いですよー」
「へぁっ!?」

なんとまさか禁断の花園に俺も招待してくれるというのか!
降ってわいたような話に慌てふためいてたら、視界の端で池内くんが寒河江くんの肩に腕を回して彼をグッと引き寄せた。

「あのさー、ボブの子いたじゃん?ちょっと犬系入ってる超かわいい子。あれ、絶対エーちゃん狙いだって」
「は?」
「だよな。もう完全ロックオンしてたもんね。エーちゃんにだけ話しかけてたし、マジ分かりやすすぎ」

からかうような中丸くんの言葉で思わず寒河江くんの顔を見た。そうしたら彼も俺に顔を向けてきた。
さ、さすが俺のモテの師匠。出会って数分で大学生のお姉さんに惚れられるとは格が違う。
犬系の超可愛い人か、そうなんだ、なるほど。
羨ましさとか妬ましさとか、そういうものを感じていいはずの場面なのにそんな感情は湧き上がらなかった。ただ――ただ急に、息の仕方を忘れたみたいに苦しくなった。

「……で、部長どうします?風呂場出た先の奥のほうに新館に繋がる廊下があるっしょ。風呂上がったらさ、そこに来て俺らの誰かにメールか電話してもらえれば迎えに――」
「あの、俺はいいよ。ま、間に合ってるから、そういうの……」

俺が小さい声でぼそぼそと言うと、チャラ男たちのいかにも意外そうな「え?」という声が揃った。

「あーそっか!部長もしかして彼女います?すいません」
「そ、そういうわけじゃないんだけど……。まあ俺のことはいいからさ。あっ、先生には黙っとくからね!」
「スーザン先輩ちょー優しい!ちょー好き!」
「はは、どーも」

なんとか笑ってその場をやり過ごし、着替えをギュッと抱え込みながら風呂場へと逃げ込んだ。
先に入った後輩たちはすでに体を洗い終えて湯船に沈んでいた。新入部員組と違って大人しい子ばかりだから静かなものだ。
もうもうと立ち込める湯気のせいで、また呼吸が苦しくなった。

女子大生とお近づきになれるせっかくのチャンスを無駄にして、寒河江くんは呆れてるかな。
意気地なしの俺を、またか、しょうがないヤツだと笑ってるかな。
そして寒河江くんは今頃、ひと夏の出会いを楽しんでるんだろうか。

ああくそ、シャンプーの泡が目にしみる。


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