27


そのあとはみんなで雅号を考える遊びで盛り上がり、結局練習らしい練習にならなかった。
由井くんは「そんなつもりじゃなかったんです」と謝ってくれたけれど、ツボにハマったのか俺の顔を見るたびにブフッと吹き出していた。
い、いいんだけどね!由井くんとの間にあった壁がなくなって、より仲良くなれた気がするし!
あと、寒河江くんが声に出して読まなければカッコイイ字面のままでいられたんだよ。ちくしょう寒河江くんめ……。

三時にはスイカの差し入れがあった。これは大沢先生の計らいであり、宿で用意してもらったのだ。
微妙に暑い和室で汗をかいていたから、冷えたスイカは甘くてシャキシャキとしていて殊更おいしく感じた。
半紙や墨汁にスイカの汁が飛ばないよう部屋の隅で食べたのだが、男の群れが一箇所に固まってスイカに夢中でかぶりつく姿は傍から見たら奇妙な光景だったと思う。

そうしているうちに時は過ぎ、あっという間に夕食の時間になった。夏の六時はまだ薄明るい。
夕飯はハンバーグとサラダとご飯と味噌汁だ。大皿にから揚げも盛られている。スイカは水分だけでほとんど腹に溜まらなかったので、デミグラスソースの香ばしい匂いでよだれが口の中に増えた。
全員で協力して配膳を終えたあと、いただきますの前に俺はみんなに向かって声を張り上げた。

「みんなお疲れ様でしたー。今日の活動は終了です。明日はいよいよ文化祭のテーマ決めをするので、今夜のうちに考えておいてくださーい」
「うーす」
「はーいスーザン部長!」
「……はい、スーザン部長からこのあとの重要な連絡があります」

もはやそう呼ばれることに諦めをつけた俺は、折りたたんだプリントをポケットから取り出して読み上げた。

「夕食後は入浴になってますがー、風呂場がそんなに広くないので五人ずつ順番に入ります。分け方はプリントに書いてあるとおりです」

その内訳は、俺含む『もとから書道部だった班』と寒河江くん以下『新入部員班』である。

「ですがー」
「……?」
「入浴前に時間が空いてますね。えー、夕食後の腹ごなしをしたい人は外に出ましょう。――海岸で、花火をやろうと思います!」
「花火!?」

実はこれも書道部合宿恒例である。数日前に手持ち花火を大量に買っておいたのだ。なんとこれも先生が費用を出してくれた。太っ腹!
由井くんと小磯くんは承知してるから訳知り顔で笑ったくらいだったが、知らなかった他の面子はワッと歓声を上げて興奮しはじめた。
大沢先生にみんな揃って花火のお礼を言って、ようやく「いただきます」をした。


――早く花火をやりに行きたいみんなは夕食をかき込み、素晴らしい団結力でもって片付けまで終えた。
出かける準備をしていたらトントンと背中を叩かれた。誰かと思ったら寒河江くんだ。

「オレ、荷物持ちますよ」
「おー助かるよー。あ、じゃあ俺、宿の人からバケツとライター借りてくるから、このへんのビニール袋みんなで手分けしてくれる?」
「はい」

先生はさすがに体力的に限界だということで宿に残ることになった。よって俺が責任者なのではめを外しすぎないよう注意しなければ。
用意が出来たのを確認して外に出ると、生温い潮風が頬を撫でた。
街灯があるから夜道はそんなに暗くはないがLEDのポケットライトで足元を照らした。
みんなの足取りは軽く、道を知ってる小磯くんがぐんぐん先へと急ぐのでチャラ後輩たちもそれに続いて小走りに夜道を歩いた。由井くんは一年の子たちがはぐれないよう面倒をみている。
楽しげな笑いさざめく声が響く。夜だから静かにとは言ってあるが、それでも興奮は抑えきれないらしい。
そして寒河江くんは、友達と一緒にではなく俺の隣をゆっくりと歩いていた。

「いやぁ、やっぱ夏といったら花火だよね!」
「つーか花火あるならどうして教えてくれなかったんですか」
「あ、神林くんたちと驚いてたのって素だったんだ。てっきり由井くんから聞いてるかなーと思ってたんだけど」
「あのさ、あいつそういうの全然言わないから」

由井くんは寒河江くんが喜びそうな情報は特に言わないみたいだ。
関係のあり方は人それぞれだろうし俺が口を出すようなことじゃないけれど、なんとも不思議な友人関係だ。

「センパイは明日、海行くんですか?」
「行くよ。先生と別行動だから引率代理も兼ねてるけどね。スイカにー花火にー……海!うわ、超夏じゃない?夏満喫しちゃってない?」
「ですね。オレ、書道部がこんなにオイシイ部活だって思わなかったですよ」
「でしょ?でもなんか人気ないんだよなぁ。活動は緩いし合宿は海だしで最高なのに……」
「それさ、たぶん男ばっかのオタク部ってイメージが強いせいだと思いますよ」
「なんですと!?」

聞き捨てならない台詞に過剰反応したら、寒河江くんが愉快そうに笑い声を上げた。

「オレが書道部入ったっつったらさ、いろんなヤツからそう言われたんですよ。暗くて近寄り難いイメージがあるっつーか……あ、そうそう、女子の中にはガチ男子部だと思い込んでる子もいましたね」
「そ、そうなんだ……どーりで女子が来ないわけだよ……」
「まあいいんじゃないすか?由井みたいにやりたいヤツは入るし、オレは今くらいがちょうどいいと思ってますよ。むしろ増えすぎかも」

ううむ、部長としてはもっと部員が増えて盛り上がってほしいところだけど。
しかし女子が入ったら入ったで緊張してぎくしゃくしちゃうかな。男だらけだと気兼ねがなくて居心地いいのはたしかだ。個人的に。

「あと……」
「ん?」
「あんま人増えると、センパイ、他のヤツの面倒ばっかみるし」
「うん?うん」
「……オレのこと構ってくれなくなるから寂しいじゃん」

独り言みたいに小さくつぶやかれた言葉に狼狽えた。手に持った金属製バケツをうっかり膝で蹴ってしまい、そこにじんじんとした痺れが走る。

「あっ、あー……うん!?そ、そんなことないよ!いやいや俺のほうこそ寒河江くんに構ってもらえないと困るんですけど!」
「困る?」
「まだ教えてもらわなきゃいけないことあるし、眉カットとか自分で出来ないし、は、初めて行く場所とか怖くて無理だし」

頭をフル回転させて寒河江くんに構ってもらわきゃいけない理由を並べ立てた。だけど、そのどれもが自分の中でしっくりとこない。
こんなことじゃなくて、もっと違う何かがあるはずで――。
しかし理由がそれ以上出ずに言葉に詰まってしまった俺は、探るように夜道の先へと視線を移した。
俺と寒河江くん以外のみんなはずいぶんと遠く、もう砂浜に続く階段へと差し掛かっていた。

「……あれっ!なんかめっちゃ離れてない?い、急ごう寒河江くん!」

歩くペースを速めると、寒河江くんも小走りでついてきた。
隣で寒河江くんが何かを言ったけれど、それは波と風の音に掻き消されて俺の耳には届かなかった。


prev / next

←back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -