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腹いっぱい食べたあと食器の片付けをして、まだカレーの香りが残る大部屋で仕切り直しをした。

「えー、というわけで腹ごしらえも済んだことだし、まずは文化祭の出し物について話し合います。知ってる人もいるだろうけど最近入部した人もいるので、うちの部がやることの説明から」

うぇーい、と覇気のない声がまばらに上がった。腹が膨れたせいでみんなの返事が鈍い。
今日は海水浴もないと知ったからか全体的にだらけた雰囲気が漂っている。
一年生はうっすら分かってるかもしれないが寒河江くんの友達は全く知らないという前提で、文化祭でやる展示と実演のことをイチから説明した。
今までの展示の様子を写した写真を回して順番に見てもらい、当日の雰囲気を伝える。

「一人三作品までで最低一作品は必ず提出。夏休み中に家で書くのもいいし、休み明けに部室で書いてもいいからね。分かんないことがあったら先生とか俺とか、小磯くんか由井くんにでも聞いてください」

題材、字体、紙選びと、こだわりはじめたらきりがない。
初心者の子たちはだいたい楷書で二文字から四文字だけれど、経験者の由井くんは普段できないような書き方をしたいといって大作を持ち込んでくるし、小磯くんも奇抜で面白い作品を考えてくる。
そして、メインイベントといってもいい実演のほう。
こっちは宿備え付けのテレビに小磯くんがビデオカメラをケーブルで繋ぎ、去年やったパフォーマンスを見てもらった。

初見のみんなが画面に釘付けになってる間、俺はもぞもぞと膝を掌でこすった。この映像を見られるのが気恥ずかしいからだ。
寒河江くんに『かっこいい』と言われたあのときのことを思い出すせいで、分厚い布団を頭から被ってめちゃくちゃに叫びたくなる。

なんとなく寒河江くんのほうをチラッと見てみた。
彼は由井くんの隣に座って頬杖をついている。そして何故か寒河江くんもこっちに顔を向けていて、俺と目が合うと小さく笑った。
あ……またあのムズムズだ。首の後ろを羽かなんかでくすぐられてるみたいな変な感覚。
俺はもう本当にいたたまれなくなって、寒河江くんから目線をはずして俯いた。
ビデオ映像はそんなに長くない。テレビを消して話を再開した。

「――はいっ!いま見てもらったのが文化祭当日にやるパフォーマンスです。今回の合宿では、何を書くかというテーマと流す音楽を決める話し合いと、余裕があれば簡単なリハーサルっぽいものもできたらいいなーと思ってます。一応全員参加ってことになってるん、だけど、いい……かな……?」

みんなが静まり返っちゃったので急に心配になり、言葉尻が弱まってしまった。
ま、まあ少なくとも俺と由井くんと小磯くんと……寒河江くんは参加してくれるだろうからパフォーマンスの体裁は取れるはず。
それでもこの合宿中にテーマ決めはしなきゃならない。
めげずに意見を募ろうと口を開いたそのとき、それより前に寒河江くんの隣に座っている神林くんが彼の肩を掴んでがくがくと揺さぶった。

「えっ、なにあれエーちゃん!すっげー楽しそうじゃん!?エーちゃん知ってたの!?」
「知ってたっつの」
「なんで教えてくんなかったんだよー!あんなの超盛り上がんじゃん!」
「言ったらお前らがウザそうだったから」
「ねー部長!俺、パフォーマンスに使えそうなオススメの曲いっぱいあんだけど!」
「お前それ絶対トランス系だろ。こーゆーのは観客ウケ狙って有名どころのアイドル系じゃね?」
「バッカ、ノれんのはクラブ系に決まってんじゃん。つか去年の曲何?聴いたことねぇんだけどサブカル?」

……どうやらノリで生きてるチャラ男たちの琴線に触れてしまったようだ。
おまけにサブカルと聞いて小磯くんがなにやら熱く語り始め、そこから非常に有意義かつ白熱した話し合いに発展した。

一時間にも及ぶ話し合いは決着がつかず、テーマと音楽は明日のミーティングで決定するということで、あとは各々の練習時間にあてた。
特に入部したばかりの部員たちも文化祭に参加してもらわなきゃいけないので時間がもったいない。
放課後の活動でそれぞれの力量を見せてもらったけど、寒河江くんほど悲惨な……もとい初心者がいなかったのは幸いだ。

俺はいつものように寒河江くんの面倒を見るため隣に座って道具を広げた。
しゃこしゃこと墨を磨る。本当はここまでやらないで墨汁でササッと書けばいいんだが、俺のは習慣というか、これをしないと書いた気がしないのだ。

「今年の文化祭、寒河江くんの友達が入ってくれたおかげで賑やかになりそうでよかったよ」
「あいつらあーゆーの好きっすからね。オレもですけど」
「でも、じかに俺たちのパフォーマンス見た子がいなかったのは結構切ないよね!人気ない出し物なのは知ってたけどさ……」
「あー……オレら、去年の文化祭中は外行ってたんで」

部活に入ってなかった寒河江くんたちは、クラスの出し物の手伝い以外、文化祭当日は外に遊びに行っていたそうだ。
だから他の企画とか一切見てなくて、当然のように書道部のことも興味がなかったのだという。

「由井くんからも聞かなかったの?」
「まぁ……由井は部活のこと特に話さなかったから」
「ふーん」

由井くんは俺たちの斜め前あたりに座って墨を磨っている。うーん、相変わらず姿勢がいい。
意外と小磯くんはチャラ男たちと気が合うようで、あーでもないこーでもないとまだ話し合ってる。
一年の子たちは大沢先生の指導を受けている。先生、汗やばいんだけどアレ大丈夫?


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