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終業式を終え夏休みに突入し、暑さが本格化した八月――とうとう我が書道部の合宿の日がやってきたのであった。

「みんな集まってー!あ、小磯くんがいない……トイレ?じゃあ来るまで待とう」

朝八時。セミが夏も盛りとミンミンジワジワ鳴いていて爽快さも何もあったもんじゃないけど、とにかく朝。
駅の改札近くに集合した書道部員は俺を含め総勢十名。
そう、あれから部員がもう一人増えたのだ。

「格安で確実に海の近くの宿に泊まれる!しかも書道部の合宿って言えば親の財布の紐も緩い!」ということで寒河江くんの友達が一名追加されたのである。もちろん男だ。
このチャラ男たち、完全にノリで生きてる。でも寒河江くんが、入部するなら活動もちゃんとやれよと釘を刺したそうで、一応俺の号令に従ってくれている。ノリは軽いけどお願い事も同様に気楽に引き受けてくれるから扱いやすい。
合宿は、着替えやタオルなどの必需品に加え書道具も持っていかなきゃならないので結構な大荷物だ。人数が増えたぶんそれらを分担できるのはありがたい。

引率の顧問である大沢先生は中年太りの男性教員で、選択芸術における書道科目の先生だ。人の良さそうな笑顔の大黒様みたいな先生だけど、控えめというか影が薄いというか……。
確実に場を仕切るタイプではないので部長が先導しなければならない。責任重大だぞ、俺!
全員揃ってから再確認の点呼をし、合宿日程のプリントをバッグから出した。

「えーと、前に言っておいた通り、乗り換えがあるから移動は速やかにして降りる駅に気をつけてね。現地では送迎はないから歩いて民宿に向かいます。詳しいことは着いてから説明するんで。あと、電車の中では騒がないようにね!」

はぁい、と野郎の低い声で可愛い返事が揃った。
予定時刻の電車に乗り込み、移動すること二時間半。長時間の移動でぐったりかと思いきや、みんなは電車から海が見えた時点で興奮マックスだった。

駅から歩いてさらに三十分――。代々書道部が合宿でお世話になっている民宿『しおのや』に着いた。
小ぢんまりとしていて古く、そして歴代の先輩方が大事に利用してきた宿だ。なので宿のほうも書道部のために毎年畳の大部屋を確保しておいてくれている。
通常宿泊のチェックイン時間よりかなり早いのにもかかわらず到着後すぐに部屋を使わせてもらえるので、意気揚々と民宿の戸をくぐった。
時代を感じる造りではあるけれど隅々まで掃除されていて清潔感がある。
民宿の女将さんや従業員さんに部員一同で挨拶をして荷物を大部屋に置いたら、まずはさっそくミーティングをはじめた。

「はーい、みんなそろったー?具合悪い人はいるー?大丈夫ー?」

俺が声を掛けると、みんなからはきはきとした返事が返ってきた。挙手までしなくてよろしい。小学生か。
大沢先生はフーフー荒く息を吐いて汗をタオルで拭いている。顔は笑ってるけど年も年だし先生が一番無理してるっぽい。

折り畳みテーブルの上には金色の大型やかんが置かれていて、その中には冷たい麦茶がなみなみ入ってる。宿の人が用意してくれたのだ。
俺も汗を拭きながら麦茶を一杯飲み干した。冷たいお茶は火照った体を冷ますようにひんやりと喉を下った。

「あー……みんな元気そうだね!お茶飲みながらでいいんで聞いてください。えっとまず、合宿中は基本この大部屋で書道と食事と就寝をします。次に、今日明日のスケジュール説明するけど、質問は――」
「はいはい部長!海はこれからすぐ行っていーんですか!」
「はい神林くん、質問は説明のあとでしてください。そんでプリントちゃんと読んだ?今日は海水浴しません」

俺がそう言うと、海水浴目当てのチャラ友達と、一年の二人が「えーっ!」と一斉に非難の声を上げた。
そうか、一年の子たちも楽しみにしてたんだ……いや、気持ちはわかるよ。

「日程にも書いてあるけど簡単に説明すると、今日はこれから昼ごはん、そのあとミーティングとひたすら練習。夕食は六時、二組に分かれて入浴。夜は十時に消灯。布団の上げ下ろしは自分たちでやります」

みんな俺の説明にあわせてプリントを確認している。
古いクーラーしかない和室は冷風が行き届かないせいで微妙に暑い。すぐに喉が乾いてしまって、もう一杯麦茶を飲んだ。

「明日は起床が六時半。七時に朝食。そのあとミーティングとまた練習。宿を出るのが十時、全員でちょっと早めの昼食。みんなが楽しみにしてる海水浴は、そのあとの自由行動ってところ」
「ええ〜っ!だいぶあとじゃん!」
「マジでねーわ!」
「はいそこ文句言わなーい。遊びじゃなくて合宿だからね合宿!」

それでも運動部ほどキツくないんだからいいじゃないか。文化部の利点だぞ。
野球部の友達なんか、虚ろな目をして「夏合宿はゲロ吐くくらい地獄」って語ってたくらいだ。

宿を利用する際の注意事項を話しつつ体を休めていたら昼食の時間になった。
合宿ということで三食付きで毎年お願いしてるので、昼は女将さん特製のポークカレーだ。ちょっと辛口で、嬉しいことにゆで卵が山盛り付いてくる。毎年必ずこのメニューなのが伝統らしい。
配膳は自分たちでやる決まりだけれど、みんなで食べるカレーってなんでこんなにテンション上がるんだろうな。

「やっべ〜ちょー腹減ってきた!」
「福神漬こっちにもちょーだい!大盛りで!」
「あ、部長。おれ、お茶の追加もらってきます」
「お願い由井くん。おーい、スプーン余ってんだけどまだ持ってってない人は取りに来てー!」

スパイスのきいたカレーの匂いで、書道部の合宿が今年も始まったなあとしみじみ実感した。


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