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寒河江くんが入部して日が過ぎ、梅雨明け間近の七月初旬。
なんと俺に晴れて初彼女が!――ということは全くなく、相変わらずクラスの女子とも特別仲良くなってすらいないような日々が続いていた。
ちょっと外見を整えただけで女子に突然モテまくるなんてのはフィクションの中のことだけらしい。
三年間クラス替えもないわけだから、定着してる俺のイメージってのはそう簡単に払拭されないようだ。
俺自身、未だに女子と話すのに慣れないし。グループ活動や委員会での必要最低限の会話はできるけど、さりげない気軽なやりとりができないという重大な欠点を抱えている。
それでも諦めずに寒河江くんからモテ男の指導は受けていた。

余談だが、月が変わってから散髪しにシャスラ様の城へと再び訪問した。
光の騎士・サー星野に聞いたんだが、店名の『Chasselas』はワインとかに使われる白ぶどうの品種のことらしい。女王様の名前だと思ってたって正直に言ったら星野さんに超笑われた。

一方で、書道部は非常に活気づいていた。何故なら部活の時間になると部室に人が増えるからだ。……全員男だけど。
実はこれ、みんな寒河江くんの友達だ。全員ハデめのチャラ系だという共通点がある。類は友を呼ぶというのか。
「エーちゃんが最近オタク部に入ったせいで付き合いが悪い」ということで、冷やかし目的で彼らは書道部に集まってくる。ただのたまり場状態だが、別に活動の邪魔もしないので追い出しづらい。部室の片付けも手伝ってくれるし。
ちなみに『エーちゃん』というのは寒河江くんのことだ。下の名前が『永』でエイと読めるから、親しい友達にはそう呼ばれてるんだとか。
彼らの順応の早さには舌を巻く。うちの部に毎日のように来てはちゃっかりと居場所を確保してるんだもの。
由井くんはうるさいって怒るけどチャラ男たちはどこ吹く風で、そんな言い合いを見るのももはや慣れた。

さて、肝心のエーちゃんこと寒河江くんだが――彼は近頃、ようやく『習字』から脱して『書道』らしくなってきた。
俺が教えることに当初反対していた由井くんも、「部長の言うことを大人しく聞く」との条件で渋々役目を譲ってくれた。

寒河江くんは筆の持ち方も問題だったけれど、なにより字の書き順がめちゃくちゃだった。
結果が合っていれば過程はどういう道を辿ってもいいじゃないかというのが寒河江くんの主張で、そう言われると俺も「どうして書き順ってあるんだろう」と真剣に悩んでしまった。
結局は『字のバランスを取るため』ということで納得してもらった。正しい書き順をやってみてそれでも腑に落ちないなら好きなように書けばいい、という結論を添えて。そして寒河江くんは今のところそれに従っている。
たかだか一、二ヶ月くらいで劇的に上手くなるわけじゃないけど、ずいぶんとさまになったと思う。そのせいか、ここのところ由井くんも寒河江くんにイライラしなくなったみたいで穏やかだ。

というわけで一学期の期末テストが終わった今日、部員は全員部室に集合していた。
これからミーティングをするため机には半紙の一枚も出ていない。外野が三人ほどいるが放っておく。

「えーっと……みんなプリント行った?大丈夫?じゃあこれから大切な連絡するんで、筆記用具出してメモしてー。あ、あと部員じゃない人たちは静かにしてね」

俺が言うと、みんなはがさごそとそれぞれペンケースを出しはじめた。何故か寒河江くんのチャラ友達までシャーペン用意してるんだけど……。

「あー、夏休み中の合宿の連絡です。去年行った小磯くんと由井くんはもう分かってると思うけど、来月の上旬に一泊二日で合宿やります。詳しい日時はプリントに書いてあ――」
「合宿!?」

黙ってろって言ったのに、チャラ友達が口をそろえて大声を上げた。

「えっ、マジ!?」
「書道部のくせに合宿とかあんの!?」
「てか書道の合宿って何すんの部長!!」
「はいはいありますよーちょっと静かにしてねー」

あとね俺、きみたちの部長じゃないからね。きみたち部員じゃないからね。なんでそんなに馴染んでんだよ。

「毎年お世話になってる民宿に電車で行きます。文化祭の出し物についての話し合いとか練習とか、とにかく書きまくるのが目的なんだけど」
「うっそ!民宿ってこれ、海近いとこじゃね!?」
「マジやべー!海水浴できちゃう!?」
「お前らうるせーよ」

チャラ友達が寒河江くんのプリントをひったくって回し読みをしていたけれど、寒河江くんはそれを取り返して呆れ声で注意した。

「引率は顧問の大沢先生です。費用はプリントに書いてある通りね。合宿っつっても強制じゃないから、参加できる人は期日までに家の人から外泊許可証にサインもらって、合宿費と一緒に俺に渡してください。あ、連絡先は必ず記入してね」
「海!海は!?泳げますか部長!」
「……はい、部員じゃない人は黙っててくださーい。えーと、泳ぎたい人は水着持ってきていいよ。ただ言うほど海水浴場は近くないから、炎天下を歩く覚悟はして――」
「入る!書道部入ります!」
「俺も俺も!」
「入部届ちょーだい部長!」

……一度に部員が三人も増えてしまった。
恐るべし夏の海の魔力。男密度が上がり、むさくるしさが増すという悲劇に見舞われた。


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