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次の日、部室に行くと昨日と同じように寒河江くんが部室前で待っていた。

「寒河江くんまた一番乗りだね!由井くんとは一緒じゃないの?」
「あいつクラス委員長だし、先生とかによく用事言いつけられるから」
「へー……?」

そうなのか、クラス委員長なんてやってたんだ。あの由井くんが委員長ならずいぶんと和やかなクラスなんだろうなあ。しかしそれじゃあ寒河江くんも寂しかろう。
昨日のバスでの会話を思い出してかすかな違和感を覚えたけど、気にしないことにした。

「あっ、そういえば寒河江くんは他に部活やってないの?別にそっち優先でもいいよ」
「他はやってないっす」
「てことは今まで帰宅部だったんだ?」
「まあ」

お、なんかだんだん寒河江くんとまともな会話が成り立つようになってきたんじゃないか?
面倒くさがってるような雰囲気だけど受け答えはしてくれるし、今のところ部活にも来てくれてる。
鍵を開けて部室に入ると寒河江くんはさっそく部長の椅子に座った。
も、もういいよ、俺からあえて注意はしないぜ。椅子なんてどこに座っても同じだからね!
俺も昨日みたいに寒河江くんの近くに座ってカバンを置いた。
もうやることはわかってるし、眉毛を抜かれても泣かない強さを手に入れた新生・俺。
さぁいつでも来い!という姿勢で身構えたら寒河江くんはカバンには触れず、普通に話しかけてきた。

「……で、読みました?雑誌」
「あっ、あー昨日の?……あぁ、うん、読みました……一冊だけ」
「どう思った?」
「専門用語多すぎてちんぷんかんぷん。パキ色使いで甘辛ミックスってどういう意味?」
「そんなのはどうでもいいんすよ。こんな風になりたいなーとかこの服好みだなーとかさ、色々あんじゃん。カジュアル系とかワイルド系とか、個性派とか」

正直わからん。
ただ、雑誌に載ってるのはそろってイケメンだしスタイルいいしで、俺が着たところで同じようにはなれそうにないってことだけ理解した。
肩を落としながらそう伝えると、寒河江くんはまたまた呆れ顔で溜め息を吐いた。

「同じになんなくていいんだっつの。センパイが好きな傾向知りたいだけだから」
「傾、向……」
「……まあ、選べないってんなら無難にいきましょーか」
「無難!なんて優しい響きの言葉!よろしくお願いします先生!」

机に両手を突いて深々と頭を下げる。なんと寒河江くんの心強いことか!

「あー……やっぱ女子ウケ狙うなら爽やか系が鉄板っすね」
「おお爽やか!俺でもなれるかな!?」
「あくまで見た目だけなんで、中身は自分でなんとかしてください」
「あ、はい」

ばっさり言い切られてうなだれる。そりゃ、そこは自分がどうにかするしかないけど。
でも寒河江くんのこのずばっとした言い切りがだんだん癖になってきた。
変に期待を持たせないさっぱりさがいいじゃないか。そのたび俺の紙のようなメンタルがべこべこにへこむけど!

「俳優とか芸能人見ても、人気あんのって爽やかな人でしょ?」
「ふむ、言われてみれば。男の俺から見てもそういう人カッコイイと思うもん」
「ですよね?だからそこはずさないカンジで、髪型とか――」

ほとんど独り言状態で寒河江くんがブツブツ言いながら俺をじろじろ見る。

「センパイってどこの美容院行ってるんですか?」
「えぇ!?びび美容院なんて行ってないよ!」
「……床屋?」
「主に千円カットで」

顔を手で押さえながら、今度は寒河江くんがうなだれた。千円カット、早いし安いしで最高なんだけどダメですか。

「……よかったらオレの行きつけ紹介しますよ」
「お、俺ごときが行って門前払いされない?」
「客をいきなり追い払う店とか終わってるから。じゃなくて、知り合いがやってるヘアサロンでさ、オレの紹介なら安くしてくれるし、ある程度融通もききますし」

マジか!それはぜひお願いしたい!
しかし決まったところしか行かない俺にとっては未踏の領域。盛り上がりかけた気持ちが一気に萎んだ。

「でも、そんなとこ行って何をどうしたらいいか分かんねえ……『いつもの』って言えないし……」
「そんなの、美容師に聞かれた通りに答えりゃいいだけじゃないですか」
「何聞かれるの?えっ、答え間違えたら追い出される?」

寒河江くんは軽く舌打ちしながらポケットから自分のスマホを取り出し、スッスッと軽やかに操作すると、俺に画面を見せてきた。
そこにはちょいイケメンな人のバストアップ写真が写ってて、よく見るとヘアカタログサイトの画像のようだった。
さっぱりした短髪。黒髪でシンプルだけどオシャレ。

「こんな感じのどーすか?センパイの今の髪型からかけ離れてないと思うんですけど」
「すごく爽やかで素敵です」
「この画像を美容師に見せて、こういうスタイルにしてって言えば簡単でしょ?」
「天才か!」
「普通だから。じゃあ画像、センパイに送りますからアドレス教えて」
「あ、うん」

俺もカバンからケータイを取り出した。学校にいる間ほとんど電源落としてるそれを慌てて起動する。
アドレス交換のあと、だいたいかかりそうな値段を聞いて、なんとかなりそうだと結論付けてから頷いた。

「今週の土日はたぶん予約取れないと思うんで、その次の土日のどっちかとかでいーですか?」
「えっ早すぎない!?そそそんな心の準備が……!」
「たかが美容院にいらねーよそんなもん。こういうの、タイミング逃すとあとで絶対行かなくなるんで思い立ったがなんとやらですよ。取れたら即予約入れちゃいますよ?」
「う、うん、あの……お願いします」

もう寒河江くんのされるがまま、言われるがまま。だけど初めてのことに及び腰の俺には、これくらいさくさくと即決してくれるほうがいいのかもしれない。

「行き方とかは予約取れたあとに教えるとして……ちょっと遠いんですけどいいっすか」
「むしろ知り合いと会わないとこがいい。オシャレ美容院行ってるの見られて笑われたらやだ」
「なんでセンパイはそんなヘタレ極めてるんですか。逆にちょっと面白いですよ」

そう言って寒河江くんは本当に笑った。にやり笑いでもない普通の笑顔。俺もつられて頬と口元が緩んだ。
彼は、言い方はキツイけど間違ったことは言ってないし、なんだかんだで面倒を見てくれる。出会いはあんまり良くなかったけど決して悪い子じゃないんだなとしみじみ思った。


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