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翌日の昼、約束通り若林と三春も一緒に食堂へと行った。もちろん龍哉と千歳も呼び出して。
食堂前で待ち合わせた三春は素の姿だった。ビン底メガネは騎馬戦の時に壊れて完全に使えなくなっていたようで、カツラだけ被ってみたがやはり単体では効力を発揮しなかったらしい。
三春本人の了承を得て昨夜話したことを一気に説明すると、案の定というかなんというか、二人とも複雑な表情をした。
特に千歳なんかはハイパー三春に振り回されていた側だったこともあり、色々思うところがあるようだった。
ちなみに話の間、若林は学食食べ放題の権限をさっそく活用し、値段が一番高い定食を頼んでご満悦の表情で頬張っていた。顔緩んでる顔緩んでる。

「――てなわけなんだけど」
「いやまぁ事情はわかったけどさ」

千歳が三春をちらりと見る。びくっと震えて何故か俺の服の裾を掴む三春。

「マジで変わったなー。別人って感じ?お前本当に三春?騎馬戦のときのアレ見てなきゃ全っ然気付かなかったと思うわ」
「あ、あぅ、う……」
「俺、直で話すの初めてだけどたしかに雰囲気違うな」
「そ……だよね……うん」

三春はもじもじしながらオムライスを食べる手を止めてスプーンを置いた。千歳とは結構長くいたんだから話せるだろうと思ったけど駄目なようだ。むしろ龍哉のほうが話せてる気がする。
そんなとき、食堂の入り口のあたりがざわついた。そのざわめきに誘われてふと騒ぎの元を見ると、そこには私服の執行部メンバーが勢揃いしていた。彼らの登場にキャアと甲高い声が上がる。
……何故だ。今日は土曜のはずなのに全員集合とはこれいかに。

執行部の皆様方の登場に色めき立つ生徒たちの間を縫って二階席に行くかと思いきや、ヤツらは途中で進路を変えて俺たちのほうへと歩いてきた。
俺だけじゃなく龍哉も千歳も、若林も三春も執行部が近づいてくる気配を察していた。
生徒会長を筆頭に、三春の前に執行部のヤツらが集まる。この事態を見守っていた周囲の生徒の喧騒が静まった。

「皆さんお揃いで、どうしたんですか?」

千歳が爽やかスマイルを振り撒きながら口火を切った。

「いつもの場所に翼が来なかったからとりあえず食事に来ただけですよ。それなのに、こんなところにいるとは……各務君、きみまで」

王子様スマイルで副会長が千歳に応える。
ああ、そういやこいつらって小学生遊びやってたんだっけ。秘密基地作りとか。もしかしてこいつら休みの日まで頑張ってたわけ?

「……翼、この俺を夢中にさせておいて逃げるとは、どういうつもりだ」
「そぉだよっ!せっかくいいところだったのに!」
「楽しい時間はおしまいなの……?」
「まあまあ、あそこまでして今更逃げられないでしょう。僕たちも、翼も」
「……帰って、来い」

えーと、ややこしいけど、会長、有栖川兄、弟、副会長、後藤の順番で矢継ぎ早に喋った。
今気付いたけど副会長って私服は男装なのか……男なのに男装って言い方も変だけど。ってそうじゃない。なんだ、三春と生徒会のヤツら、変装解いても仲良さそうじゃん。
ものすごく誤解されそうな会話内容だけどあれだよな、「一緒に秘密基地作ってたのにお前どーすんだよ」って話だろこれ。

「ああああの……おれ、その……っ」

大勢に詰め寄られてテンパり気味の三春がちょっと気の毒だ。そしてやっぱり何故か俺の服の裾を握っている。そんなふうにされたら服が伸びるのでやめてほしい。
俺が口を出すのもおかしな気がして明後日の方向を見ていたら、目の前に人が立った。――仁科だ。
『翼君とお友達の会』のメンバーには入ってないはずの仁科が、どうしてこの場にいるんだろう。
仁科は俺の服を掴んでいる三春の手をやや強引に握って引き寄せると、グリーンのカラコンが入った瞳を細めた。

「……東堂君、あの変装やめちゃったんだぁ?」
「に……しな、さま……」
「どうして?似合ってたのに〜」

仁科は三春に顔を近づけて耳元で何かを囁いた。周囲から、それに反応した仁科様親衛隊か誰かの悲鳴のような声が複数上がる。
三春の顔が真っ赤に染まり、そしてふるふると必死に首を横に振った。

「……へぇ」

仁科が面白がるような目つきで三春を見下ろした。
誰も、口を挟めるような雰囲気じゃなかった。俺も呆然とその一連のやりとりを見ていることしかできない。
ある種異様な空気の中、それを破る者がいた。風紀委員長と、滝だ。

「また貴様らか」
「あらーどうしたのこの空気。ケンカ?」

騒ぎの元である俺たちのテーブルまで来た風紀のツートップのおかげで、ようやく凍った場が動く。
風紀の登場に会長が舌打ちをし、さっさと二階席に行ってしまった。それに追従するように他のメンバーもぞろぞろと向かう。食事の注文は親衛隊長がそれぞれ彼らに聞くようで、自分で食券を選びもしないときた。VIP待遇すぎる。

「なー志賀、何があったわけ?」

そう訊ねる滝が俺の隣にちゃっかり座ったもんだから、風紀委員長まで俺たちのテーブルに座った。北條先輩の目が「聞かせてもらおうか」って言ってる。超怖い。

「何っていうか……もうどっから話せばいいかわかんね」
「そんな複雑なのかよ。なーんか面白そうなことになってるじゃん?」

微妙に巻き込まれてる俺としては全然面白くないんですけどね。仁科と三春がやけに親密そうなとこを目の前で見ちゃったら、余計さ。
食堂は、いつの間にかざわざわとした普段の様子に戻っていた。二階席の執行部と、俺たちのテーブルにいる風紀ツートップ(おまけに千歳付き)で、食堂内のざわめきのベクトルが完全に二分されてたけど。


――その日の夜、仁科から一通のメールが届いた。





『志賀ちゃん。デートしよ』


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