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若林を見ると話題が当初よりかなり逸れているせいか退屈そうにしていた。もう俺に三春の通訳を頼むことすら忘れているようだった。
しかし俺は、ずっと疑問に思っていたことが手に掴めそうなところまで来ていて、そのあたりの事情をもっと聞いてみたかった。

「つか変装中、その仁科様とはツルんでなかったみたいだけど、オトモダチにはなんなかったの?」
「あ……うん……」

いつの間にか三春の涙は止まっていて、時々鼻をティッシュで拭っているが幾分かすっきりした顔つきをしている。

「あの……仁科様は、おれの姿見て、すぐ、ばれた……から」
「ばれた?」
「『一時期親衛隊にいた、東堂君でしょ?』って言われて、頭……真っ白になっちゃって。で、おれの本、当の姿を……知ってる仁科様のそばにいるの、怖くなっちゃって……」

そのエピソードに俺も衝撃を受けた。一年前、少しの間親衛隊にいただけのヤツの顔までいちいち覚えてんのかあいつは。しかもよくわからん変装までして性格も変わってる人間を。

「あの、親衛隊って思ってた感じと違って、合わなかったから……脱退する前に、転校、になったから、今も名簿は残ってるかも……たぶん」
「や、それにしたってありえねーよ」
「かか可愛い子、は覚えてるって、その……」

まあこんな金髪美少年、容姿だけなら目立つからな。仁科のタラシっぷりは化け物じみてる。
そこまで聞いてふと閃くものがあった。
ということは、自分に近寄らない三春のことを、仁科は鬼頭を使って見張らせてたってことなんじゃねーか?そうなると鬼頭が仁科のことを『依頼人』と呼んでいたことにも納得がいく。
三春の様子からして本人は何も知らないっぽいから、たぶん秘密裏に。
いや、でもだったらどうして鬼頭は俺にお節介と称して「三春に近づくな」なんていう忠告をしたんだろう。――三春が俺と仲良くなりたがってたのを知ってて妨害した、とか?

「……なんだよそれ」

可愛い親衛隊員の三春に、俺が手を出すとでも思ってんのかよ、仁科は。勝手な推測でしかないけど、あながち間違いでもないんじゃないかとも思う。だって考えれば考えるほど状況がしっくりとする。
俺の顔が険しくなったのを察した三春がうろたえだした。
たぶん、三春は何も悪くない。そして何も知らない。ただ友達がほしいだけの同級生なんだろう。こんな無垢なツラをして裏をかくようなヤツだったら、それは欺かれる俺のほうが間抜けだって話だ。
仁科がそこまでして三春のことを大事にしたいのなら、俺は敵うはずもない。

「あ、あの……リヒトく……」
「――悪い三春。今日はここまでにしてくれる?」

心臓がどくどくと不自然に脈打っている。今晩は眠れそうもなかったが、体が横になることを欲していた。
若林は半ば眠りかけていたようで落ちていた頭を慌てて元に戻した。
三春が俺の様子を気にかけてまた尻込みしている。けれど、青空色の瞳が俺を射抜く。視線が離せない。

「……明日、昼メシでも一緒に食おうぜ。若林も一緒に、食堂で」
「! う、うんっ」
「ケータイも……持って来いよな」

そう言うと、こくこくと三春は何度も頷いた。

そのあと何か別れの挨拶を交わしたような気はするが、三春から聞いた話ばかり頭の中でぐるぐると回っていてどうやってベッドに入ったかすら定かでなかった。


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