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ところで何でこの場に俺がいるんだろう……。
自分の必要性について真剣に考え出した頃、三春が目元を擦りながら鼻をすすり出した。そんな風にめそめそされると超困る。部屋の空気が湿っぽくなって途方に暮れるだろうが。

「まあ、若林は三春のこと嫌ってこの部屋に引っ越してきたわけじゃないらしいから。こいつ、一人で静かに本を読む空間がほしかっただけなんだって」
「そ、そうなんだ、ごめん……ごめんね……。おれ、部屋でみんなでお喋りしたくて、そういうのいいなって。若林くんもって、思って……」
「そういうの、たまにならいーけど毎日はちょっと」
「……だよね、そ、だよね……」
「素のときと変装の中間があればいいのにな。三春はもう変装やめんの?」
「ど、どうしよう、……わかんな、い」

ぐすぐすとしきりに鼻をすすっているから箱ティッシュを差し出すと、三春は楚々とした仕草で控えめに鼻をかんだ。行動がいちいち女子っぽいな。
こんな小柄な体から、学園中を破壊しまくったあの馬鹿力は一体どこから湧いてきてたんだろう。変装によって脳のリミッターがはずれて超人的な力を発揮するなんて、アメコミかよ。

「……ま、俺的には別に今のままでいーと思うけど?」
「俺も東堂のほうがいいと思う。比較的にだけど」
「はうぅ……」

若林、一言多い。あと変身前を東堂、変身後を三春って使い分けてるのもどうかと思う。分かりやすいけどさ。

「メガネだけとかカツラだけってわけにはいかねーの?」
「……やったことない」
「試しにやってみるか。若林、そのメガネちょっと貸して」
「え、俺の?」

俺に言われるがままにメガネをはずした若林。俺は立ち上がってそのメガネを三春にすぽんと着けてみた。三春、顔もちっせーな。若林のメガネがぶかぶかで鼻に引っかかってる状態になった。
何か変わるかと思ってじろじろとその様子を見てたら、三春が耳や首まで真っ赤にして俯いてしまった。

「あれ、効果なし?」

俯いたままこくこくとしきりに頷く三春。
うーんダメか。根が深い分、性格なんてのはなかなか変えられるもんじゃねーな。それとも愛用のビン底メガネじゃないと効果がないんだろうか。
あとカツラだけ……想像してみたけどなかなかシュールだ。理事長って人はなんであんなもじゃもじゃをチョイスしたんだ。三春と真逆だからか?
これは考えても堂々巡りだとさっさと見切りをつけ、若林にメガネを返しつつ次の話に移った。

「……それで三春、俺にも何か話あんの?つか、お前なんで俺のこと知ってんの?全然話したことなかったよな」

聞きたかったことをようやく言葉にする。
ここまで辿り着くのにかなりの時間が経っていた。時計を見るとすでに一時間近くが経過している。風呂上りで濡れた髪はすっかり乾き、眠気も吹っ飛んだ。
すると俺の問いかけに三春が急にうろたえ始めた。

「あ、あ、あの……っ」
「うん?」
「入学したとき、洗濯できなくて、おれ……っ」
「?」

またまた要約。俺は全然覚えてないんだけど、どうやら入学してすぐくらいの頃、ランドリーで洗濯機の使い方がわからなくて困っていた三春に俺が洗濯指南をしたようだ。
あったかなぁそんなこと……。言っちゃ悪いがこの学園で金髪や青い目なんてのはさほど珍しくない。染めてたりカラコンだったり、天然だったりとその内訳は様々だが。ちなみに三春は天然のほうだ。
身なりに関する校則が緩いというか、最低限制服を着ていれば風紀の服装検査以外では何もうるさく言われない。
中等部の頃からそういう環境に慣れてたせいで、たぶん三春のこともそこまで意識してなかった。
だが、三春はそうじゃなかった。俺に親切にされたのがとても印象深くて――あと、今日みたいに言わんとしてることを適当に拾って普通に話をしたのが三春的に嬉しかったらしい。

「リヒトくん有名ですぐ、名前わかったんだ。だから、この学園に親、衛隊っていうのがあるって……入りたかったんだけど」
「親衛隊?誰の?」
「り、リヒトくん……」
「は?そんなもんねーけど」
「うん、あの、立ち聞きで、だけど、監査はダメなんだって」
「え、そんなルールあんの?つか立ち聞きで知ったってお前な」
「ごめん志賀君。話さっぱりわかんないんだけど、俺にもわかりやすく説明してくれる?」

俺があんまりにも普通に話してるもんだから若林から「待った」が入った。

「ああ、俺初めて知ったんだけど、監査委員には親衛隊作っちゃいけないルールがあるんだってさ。ってことだよな、三春?」
「そ……そうです」
「どうしてそれだけで話通じんの?」

そう言われても。三春の喋り方にだんだん慣れてきたっつーか。
それにそんなルールがあってもなくても俺に親衛隊が出来るはずもない。親衛隊がいるヤツらを散々間近で見てきてるからこれは確信できる。
あいつらは見た目の良さや何らかの能力に秀でていることに加えて人を惹きつけるカリスマ性だとか只者じゃないオーラを纏っている。

「親衛隊とか、そんなんナシでフツーに話しかけてくれれば良かったのに」
「で、できないよぉ……」
「なんで?俺そんな怖い?変装中のときも俺に近づきもしなかったよな」
「あ、憧れの人と話すの、緊張するし……変装でもやっぱダメで……っ」
「憧れ……」

三春は俺のことをアイドルか何かだと思ってないか?話を聞いてるとやたらと美化してるっていうのかな。
俺は、三春のことを知りもしないのに勝手に敵視していた節がある。それがこんなに真っ直ぐな好意を向けられて正直戸惑ってる。
自分の心が狭すぎて恥ずかしいし、事情を知った今ではものすごい罪悪感がある。



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