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予期せぬ来客に言葉を失ってしまう。ただ呆然と三春を見つめていたら、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

「あー……っと、悪い、邪魔したな」

そう言って自室に篭ろうとしたら若林に止められた。

「ま、待った志賀君!なんか三春……が、話あるみたいなんだけど」
「は?え、俺?」
「……ふっ、ふたりに……」

俯いたまま三春がか細い声で喋る。消え入りそうな声音だったが、たしかに「二人に」と聞こえた。つまり俺と若林に?
若林と三春は並んで座っている。ソファーは二人掛けのがひとつだけだから、俺はローテーブルを挟んで座布団に座った。
俯いている三春を見上げる形になるのでその顔を下から覗き込んだ。三春が話し出すのを待っていたが、いつまでも口を開かなかった。

「……三春。頭打ったとこ大丈夫だったのか?病院行ったんだろ?」

そう問いかけてみれば、三春はおそるおそる顔を上げて応えた。視線は忙しなくきょときょととして俺には向かなかったが。

「う、うん。検査入院で学校休んじゃった、けど……何もなかった……よ。たんこぶとかも、ないし……」
「そっか。よかったな。あん時、目の前ですげぇ勢いで地面に落っこちたからマジでビビった。まぁでも、あんま無理すんなよ」
「う、ん、ありがとう……っ」

三春はそれで緊張がほぐれたようで、少しずつ話始めた。
もじゃもじゃカツラと眼鏡を着用していたときのような元気いっぱいの姿はすっかりと鳴りを潜め、小柄な体をガチガチに縮めて蚊の鳴くような声を上げる。

「一葉……あ、ごめん……若林くんに、謝りたくて」
「えっと、俺に謝る?何を?」
「おれに馴れ馴れしくされて、イヤだったよね……あの、嫌われてるのは分かってたんだけど、今度こそ仲良く、なりたくて……」
「え、あ?うん……?」
「あー話の腰折って悪いんだけど、三春ってさ、去年転校してった東堂?で合ってる?」

嫌われてるだなんて聞かれてはいそうですと面と向かって頷けるわけがない。若林がどう返答するべきか困ってたから思わず口を挟むと、三春がこくりと頷いた。

「な、なんでリヒトくんがそれ、知ってるの……?」
「若林に聞いた。てか、知ったのつい最近だけどな」
「あ、そ、そっか……」

何故かあからさまにがっかりする三春。

「どーして名字違うかとかって聞いていい?」
「あ……うん。お母さんが三春で、その……えっと、去年はお父さんの名字だったんだけど、ベルギーで、あ……違う、親が離婚して、おじさまの学校に戻りたくて、その……」
「…………」
「…………」

俺と若林は三春の言葉を理解しようと黙って聞いた。言いたいことはなんとなく伝わる……ような気はするんだけど会話が壊滅的に下手すぎる。
たしか三春は入学一ヶ月くらいで海外に転校したんだよな。ベルギーってのはそれか?そしていきなり登場したおじさんって誰だよ。

「……つまり?去年この学園に入学したときは父方の姓の東堂だったと。でも家の都合で海外に住むことになったが両親が離婚して、翼君は母親に引き取られて三春姓になりました。ってことで合ってる?」
「う、うんそう!リヒトくんすごい……!」
「別にすごくはねーけどさ……」

ちらりと若林を見ると、やっぱり三春と同じように「志賀君すごい!」とでも言わんばかりの顔つきをしていた。
なるほど、若林が三春(東堂)とのコミュニケーションをすっぱり諦めた理由がよく分かった。

「それで、おじさまってのは何?」
「おれの叔父さん……お母さんの。理事長だから……」
「ん?三春の母さんの兄弟ってこと?理事長って、この学園の理事長って意味で合ってる?」
「うん……っ」
「マジで?三春って理事長の甥っ子なんだ。理事長の名前なんか覚えてなかったから気付かなかったわ」
「なんでそれで話できるの志賀君……」

無表情が張り付いている若林にしては珍しくはっきりと驚いた顔をして呟く。三春の話は分かりにくいけど分からなくもないから、話の前後から予測して繋げてるだけだ。
とまあ、なかなか難解な会話術を駆使する三春とのやりとりは非常に時間がかかったので割愛する。

要するに、三春は――当時は東堂だったわけだが、この学園を受験し外部生として入学したはいいが親の仕事の都合でベルギーに急遽引っ越さなければならなくなったそうだ。
全寮制なのだから大丈夫だと必死に説明したが、可愛い我が子と海を隔てて離れるのは嫌だと両親に押し切られ、泣く泣く転校したのだという。
ところが両親はほどなく離婚。母親に引き取られ日本に帰れることになり、編入試験を受けて再びこの学園に転入することにした。
新学期に間に合うように帰って来たかったのだが、ストがあったり手続きの関係上時期がずれてしまったのだとか。

三春がこの学園にこだわったのは理由があった。
叔父が理事長だったからというのが第一だが、昔からなよなよした外見がコンプレックスで、男子校で揉まれることで自分も雄臭ぇ野郎どもの仲間入りしたかったから、だそうだ。

そして再度入学するにあたり今度こそたくさん友達を作りたいと思った三春。でも性格は臆病で超人見知り、赤面症の気もあるから海外でも友達はなかなか作れなかったらしい。
そこで叔父さんに伝授されたのが、あの変装計画だということだ。
もじゃもじゃカツラとビン底メガネを装着してると、まるで別人になったような気がして普段の自分よりも大胆になれたのだとか。
むしろ大胆がいきすぎてテンション上がりまくりで方々に迷惑をかけている自覚はあったが、今更変装をやめてうじうじした自分に戻ったら、せっかく仲良くなれた人たちに見捨てられる――そんな強迫観念を抱いていたようだ。

三春には色々と迷惑を被ってきたわけだけど、こうして事情を聞いてみればなんだか身につまされるエピソードだ。
いや、わかる。わかるんだけど――。

「一年のとき、若林くんにおれ、嫌われてたから……またおれが同室、になったら、嫌なのかもって思うと……ますます変装止められなくて……」
「え?あ、俺、東堂のこと別に嫌ってもなかったけど……」
「だって、いつも怒ってた、から……」

いやそれは怒ってたんじゃなくて単に表情が変化しなかっただけだと思う。若林も愛想がいいってタイプじゃないし、独特な会話術を使う三春とは、まあ噛み合わなかったんだろうな。
つまり若林と三春には相互理解が足りなかったということだ。

「わ、若林くんとも今度こそ仲良くなりたいって、思って……。変装してると色々話せるのも嬉しかったけど、でも、部屋移動したって聞いて、ショックで……」
「えーと……ごめん。正直言って変装してた三春は、ちょっと、はしゃぎすぎてて俺と合わなかったっていうか……」
「だ、だよね……っ」
「あ、や、俺も黙って部屋出て行ったのは、その……悪かったと思ってるし。あと、東堂だって気付いてなかったのも、ごめん」

若林が慌てたように謝ると、三春の顔が泣きそうに歪んだ。こいつらってマジで不器用だなぁ。


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