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三春の騒動で場が静まったと思ったら、競技終了の合図が鳴った。
注目の的である三春は、頭を打ったということですぐに救護班に連れて行かれた。病院で一応検査を受けるそうだ。
俺は競技の勝敗なんぞそっちのけで、馬から飛び降りて真っ先にG組のヤツに詰め寄った。

「……なぁお前、三春のこと東堂って呼んだよな。どういうこと?」
「え、や、おれも分かんないんだけど」
「東堂って、一年のときに転校したっていうヤツだろ?」
「そうだけど、何でソレ知ってるの?」

そいつも事情をよくわかってない困惑顔だったからそれ以上聞くのをやめた。
代わりにジャージに付いた砂埃を払っている千歳に顔を向けた。

「……千歳は知ってた?」
「いや、初耳。東堂ってアレだよな、たしか若林の元同室だったっていう」

そう、それだ。若林から少し聞いていた名前だ。入学してすぐに転校して行ったG組の東堂。どういうことだかさっぱりだ。
観覧席へと視線を送ると、若林も呆然としている様子が見て取れた。
なんだろう、胸がざわつく。
仁科は知ってるんだろうか、三春の詳しい素性を。だからあんなにも過剰反応したんだろうか。
……名字が違う。どっちも。

「理仁?」

千歳の声にはっと現実に引き戻される。気付けば千歳に腕を引かれていた。
周囲も自分の場所に撤退を始めていて、怪我人は救護班に行き治療を受けている。

「お前、ケガは?」
「いや……俺は無傷」

長浜先輩とまた水陸戦争を起こされちゃ敵わないから、絡まれる前に逃げるように千歳を引っ張ってB組の観覧席へと戻った。
何を言い出すべきか迷っているような表情の龍哉と、無表情が崩れている若林のもとへ。

「……若林」
「うん」
「お前、三春のこと知ってたの?G組のヤツが東堂って、呼んでたけど。それってお前の元同室だよな。合ってる?」
「……合ってる。それで……説得力ないかもだけど、マジで全然、気付いてなかった……」

若林がぽつぽつと語ったことには、こうだ。
趣味に没頭して自室からほとんど出ない若林と、引っ込み思案だか極度の人見知りだかの東堂は本気で普段話もしなかったらしい。
東堂の見た目は絶世の美少年だから目立ってはいたが、いつも顔を真っ赤にして下を向き、人と目を合わせることすら稀だったという。
声も小さくてボソボソしているからうまく聞き取れず、若林は東堂との意思疎通を早々に放棄していたらしい。
下の名前も翼なんてよくあるネーミングだし気にもしてなかったのだとか。

「三春って、東堂と丸っきり雰囲気が違って……。東堂はあんな声のでかい変なヤツじゃなかったんだよ、マジで」
「三春の方から、久しぶりとかまた同室だけどよろしくみたいなことは言われなかったわけ?」
「そういうのは全く。ただフツーに馴れ馴れしいなってだけだったから……それがそういう意味だったのかもしんないけど」
「てことは何?三春は一年経ってまた同じ学校に転入し直したってこと?」
「そ……そーゆーことなんじゃないかな。ごめん、わかんない」

若林も相当混乱しているようでかなりキョドっている。
そのあたりの事情は三春本人に聞かなきゃやっぱりわかんないか。それか、仁科に聞いてみるか。
監査室でのやり取りを思い出して、ぐっと喉の奥が詰まる。
……やっぱりやめよう。それをしたら聞きたくないことも暴いてしまいそうな気がする。

――俺はなんでこんなに焦ってるんだろう。
あの空色の瞳のせいだろうか。ひどく動揺している自分がいる。
そっと龍哉を見ると、龍哉は俺の様子を察したらしく心配そうな顔をしていた。
耳鳴りがする。
閉塞感に苛まれる俺の耳の奥に、やがて放送委員のアナウンスが流れ込んできた。

『以上を持ちまして、体育祭のプログラムは終了します。得点の集計のあと閉会式に移りますので、クラスごとに待機していてください――』




こうして波乱に満ちた体育祭は、終わりを告げた。



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