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おいおいおい大丈夫なのかよ……!?
重なって倒れている千歳たちをおそるおそる覗き込むと、まず一番に小柄な体がもぞもぞと動いた。
動きがあったことにホッと肩の力を抜く。もっさり頭がクッションになってくれたんだろうか。
「……あいたた……」
起き上がった三春は見かけは無事っぽかった。でも俺はそんなことどうでもよくなるほどの衝撃に見舞われた。
いや、俺だけじゃない。いつしか周囲も静まり返っている。
三春はやはり頭を打ったらしく痛そうに擦っていたが、やがてその異変に気付いたらしい。
「あ……?」
黒いもじゃもじゃが別の生命体のように地面に投げ出されている。
それどこで売ってんの?っていう時代錯誤なビン底メガネもフレームが歪んで再起不能状態に陥っていた。
三春――いや、三春、だよな?
あのあからさまなカツラにワザとらしいメガネは、どう見ても変装だってわかってたけどさ……。
そこにいたのは、少しだけ赤味がかったツヤツヤの蜂蜜色の髪とくりっとした大きな瞳の美少年だった。
有栖川兄や萱野みたいな艶を含んだ可憐さとは違う、裏表ないまっさらな美少年って感じ。
しかし、むしろ俺は顔貌の美醜よりもその瞳の色に釘付けになった。
今日の空を切り取って映し出したような透明感のある青――。
なんだろう、この違和感。『そうじゃない』って俺の頭の中で声がする。
やがてぱちんとシャボン玉が弾けるようにその正体にたどり着いて、言葉を失った。
呆然と俺含むその場にいた全員が三春に注目していると、三春は可愛らしい顔をぎゅうっと歪めた。そして空色の瞳が潤み、赤く染まった目尻から真珠の涙が零れ落ちてきた。
突然三春がはらはらと涙を流し始めたから、ぎょっとして思わず体が仰け反る。
「ふぇ……どーしよ……もうやだぁ……」
しくしく泣き続ける美少年を目の前にして、なんだか罪悪感めいたものが湧いてくる。
え、俺のせい?俺のせいなの?
ていうか本当に三春だよな?さっきまでの「元気だけが取り柄です!」っていうパワフル全開のちっこいやつと全然違うんだけど。
「どうしよう……どうしよう……おじ様ぁ……」
「えっと、あの……三春?だ、大丈夫か?」
おそるおそる声をかけると、三春がパッと顔を上げた。
空色の瞳からきらきらとした涙が頬を伝っている。比喩とかじゃなく、日の光を反射して涙が光ってる。
「怪我とか……その……頭打ってたよな?」
俺が長浜先輩の肩越しに手を伸ばしながらそう言うと、三春はふらりと立ち上がって俺の手を両手で握った。結構強い力で。
そして白い頬を桃色に染めてうっとりとこう言い放ったのだ。
「リヒトくん……」
え、なんで三春が俺の名前知ってんの?しかも下の名前。千歳が呼んでたから?
しかし、しんと場が静まり返っている中で、それよりもっと不可解な言葉を発したヤツがいた。
千歳と一緒に地面に倒れこんだ、名も知らぬG組の水泳部員だ。
「……東堂?」
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