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「騎馬戦の選手はテント前にお集まりください――」

そんなアナウンスが響いてきて、俺は千歳と一緒に生徒会テント前に行った。
騎馬戦に参加する生徒はすでにわらわらと集まっていて人でごった返している。

「なー理仁。騎馬戦でどっちのチームが勝つか賭けでもする?」
「いいけど?」
「じゃあ負けたほうがジュースおごりな」
「おっけ。じゃーな千歳」

チームごとに生徒がなんとなく固まっていたから、千歳と別れた俺は緑のハチマキをした集団の方へふらふらと近づいた。
すると、急に背後からぶっとい腕にホールドされて、蛙が潰れたような声を上げてしまった。

「ぅぐえっ!」
「よーぉ、シガくぅん」

耳元でひっくーい声がした。外国の煙草の苦い匂い。不自然に黒すぎる艶のない髪をアシメにして刈り上げたサイドには蜘蛛の巣模様。
耳のみならず鼻ピアスと口ピアスまで完全装備して、糸みたいに細い眉と白目の多い鋭い目つき。どこからどう見ても危ないヤンキーな人。
俺は瞬時に渡辺1の言っていたことを理解した。

「な、長浜パイセンちーっす……」

ぎりぎりと絞め上げられながらか細く挨拶をする。パイセンはとても怒ってらっしゃる様子。
陸上部部長、長浜瑠輝夜。瑠輝夜と書いてルキヤと読む今時のキラキラしたお名前。緑のハチマキをしてるところを見ると、長浜先輩は同じチームらしい。
監査委員の関係で何度か会ってるから顔見知りではある。あるけどこの人の怒りを買うようなことをするほど親しくもないんだが。
そう思ったのが通じたかどうか、先輩は丁寧に怒りの原因を教えてくれた。

「てんめー、よくも清水を寄越してくれたなァ?」
「な、なんのことすか」
「銃。カンサだって聞いてたのによぉ、なぁんで清水が来んだよ」
「あー……ああー」

そういや詳しい説明とか全然しないで借りるだけ借りてったんだっけ。
先輩の怒気とともに俺の首を絞める力が増す。おいおい俺死んじゃう!

「おかげでアイツに説教されただろーが、あぁん?」
「す、すんません説明不足で」

いや、説教されたのはむしろ陸上部の素行不良が原因で――とは、賢い俺は言わないでおく。
長浜先輩が説明してくれたことには、どうやら清水は、銃をなくしたことが小川先生にあっさりバレたらしい。
それで陸上部に銃を返しに来たが、八つ当たりなのかなんなのか、陸上部を懇々と説教したとのことだ。
その一端を俺が担ってたことが渡辺1、2から伝わって、長浜先輩のお怒りに触れたようで。
ところが俺の受難はそれだけで終わらなかった。

「しがっちぃ〜!」

しゃらららんっていう効果音が似合いそうなその声に、俺らの周りの人垣が訓練されてるがごとくきっちり左右に割れる。
人垣の道をスキップでもしそうな足取りで歩いてきたのは、きつねチーム大将、有栖川兄だった。

「あ、捕まえといてくれたんだぁ。ご苦労様っ」
「はいっす」

長浜先輩がシャンと背筋を伸ばして有栖川兄に応える。えっ、なんで先輩そんなに従順なの?
不良どものヘッドは長浜先輩だと思ってたのに、有栖川兄の前でまるで借りてきた猫のように大人しくなっている。いや、それよりも調教された犬みたいだ。
世の中ナメ腐ってるようなヤンキー男が砂糖菓子みたいな美少年にかしずいている様は、客観的に見てすごく奇妙だ。
俺を拘束している先輩に向かってこっそりと疑問を口にしてみる。

「長浜先輩、庶務と知り合いですか」
「諒サンは……神だ」

神かよ!
やばい、有栖川兄はマジで不良の頂点っぽい。
まあ誰が学園の不良どものアタマ張ってるとかそんなのは俺には関係ないから別にいいんだが、この状況はどうも俺にとって良くない予感がする。
有栖川兄がふんわりと無邪気な笑顔を向けてきた。それは、子供特有の無垢な残酷さも垣間見えるような笑みだった。

「ねーねーしがっち〜?」
「へぁ、え、はい……」
「午前中、どぉして体育祭に参加してなかったのかな〜?」

小首を傾げながらぷるぷるのピンクの唇に人差し指を当てる姿を見てると、美少年か美少女か良く分からなくなってくる。
しかしそんな外の殻に騙されちゃいけない。そのことを、全校生徒が知っている。

「仁科……会計とちょっと話してて」
「はーなーし〜?」

にや、と有栖川兄が意味深な笑みを浮かべる。
うわ、知ってやがる。この人俺と仁科が何してたか絶対分かってるよ。

「まぁそれはいいんだけど。でもさー貴重な戦力が欠けるのって、良くないよねー?おかげで僕らのチーム最下位なんだもん」
「だ、団体競技しか出番なかったんですけど、俺……」
「口答えすんなフニャチンクソ野郎」
「サーイエッサー」

突然スイッチがオンになる有栖川兄軍曹。表情が一瞬で般若と化したもんだから、未だ俺を拘束してる長浜先輩がビビッて後ずさった。
しかしすぐにスイッチオフのスイーツ系美少年に戻った有栖川兄は、可愛らしく背伸びをして俺の頭に何かを乗せた。

「だから、罰としてしがっちには前線に出てもらいますっ」
「はい!?」

俺の頭に乗せられたのは、黄金色したきつね耳のカチューシャだった。



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