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まあいい、とりあえずそのことは一旦忘れよう。

「そんで、俺の依頼、分かったって?」
「はいっ!先輩と関係が一番近いおれがそれを伝えに来たんす!先輩サボりたそーにしてたしちょうどいいかなと思って」

飼育小屋での鬼頭との話のあと、とりあえず俺はあの時とは違う依頼内容をシラタマ宛てにメールした。
メール送信から数秒で返信があり、それはつつがなく受理されたようだった。
俺が頼んだのは『若林の机にゴミを撒き散らしたのは誰か』ということ。目の前で実際に見たことが俺にとっては大きかった。たぶんあれが一番悪質だ。
ミネ君がさっき見せてくれたのは、その犯人なんだろう。
俺はミネ君のスマホをもう一度覗きこんだ。

「……知らねー顔だな」
「ですよねー。これ帰宅部の三年っすよ」
「三年か……」

部活に入ってても顔覚えてないヤツは多いけど、帰宅部になるともっとわからない。
見た目は普通の生徒っぽいんだけどな。

「それにしてもよく分かったな。結構時間経ってたのに」
「もちろん!二年の廊下にあるシラタマの監視カメラをちょっと巻き戻しただけなんで簡単っす!」
「なぁお前、そーゆーこと部外者の俺にペラペラ喋っちゃっていいわけ?」
「あっ……」

どうやらシラタマは校内のあちこちに監視カメラを設置してるらしい。怖ぇ。
ミネ君はきまり悪そうに体を揺すった。本気でコイツを組織に入れてていいのかシラタマ。

「先輩相手だとつい口が軽く……い、今の秘密にしといてください……」
「別にいーけどさ……。んで、報酬とかどーすればいいの?依頼受諾の連絡はあったけどその辺のこと聞いてないんだよ」
「現金払いでお願いします!カメラの維持費とか必要なんで!」
「お、おう……なかなか現実的だな。いくら?」
「情報料一律千円っす」

高いのか安いのか、微妙な額だ。さすがに今は体育祭中だから手持ちがない。

「わりーけどあとでいい?急ぎなら体育祭終わったあとにでも」
「大丈夫いつでもいいっすよ!あ、この写真、メールしときますね」

交渉成立、といったところで急に監査室のドアが開いた。
突然のことにミネ君が驚いて俺に抱き付いてきた。俺も驚いたけど、お前ビビリすぎじゃね?

「それさ、これでいいかなぁ?」

間延びした特徴的な口調の甘ったるい声が耳に届いて、全身がぞわりと鳥肌立った。
おそるおそるドアのほうに視線を向けると、そこには派手な男が立っていた。

「に、しな……?」
「やっほー志賀ちゃん」
「何でお前、ここに……」

学校指定のものじゃない、金色のラインとロゴの入った黒のジャージ姿の仁科がそこにいた。ふわりとした魅惑的な笑みを浮かべながら折り畳まれた千円札を指で挟み、ひらりと振った。

「……キミさぁ、いつまで志賀ちゃんに抱きついてんの?」

笑顔の仁科がすっと目を細める。それはほんの数ミリの動きだったのに部屋の温度が数度下がったように感じた。
ミネ君が弾かれたように俺から離れて何故か敬礼のポーズを取った。
仁科はそんなミネ君にゆったりとした仕草で近づき、頬にするりと紙幣を滑らせる。その手つきがやたらエロくて目が離せなくなってしまった。
そうしてその手に金を握らせると茶髪のツンツン頭をゆるりと二回撫でた。ミネ君が真っ赤になる。

「千円ちょうど。いーよね?」
「はははい毎度ありがとうございます!じゃ、おれはこれでっ!」
「あ、おいミネ君、待……」

止める暇もなくミネ君はダッシュで監査室を出て――いや、逃げて行った。


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