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仁科が美麗な顔をくしゃりと歪ませた。

「……マジでわかんない」
「なにが」
「俺、あんま人に嫌われたことないからさぁ」

お、おお……それもすげーな。
そりゃ、こんだけ見た目が良くて勉強でもスポーツでも何でも出来て、そのくせふわふわしててちょっとバカっぽいところがあって異様に人懐っこいヤツ、たいていは好かれるだろうよ。
その仁科が俺ごときに嫌われたと思ってこれだけ気にするって事は、相当愛されてきた人生だったってことだ。

「なんで志賀ちゃんに嫌われてるのかわかんないよ」
「だから……あーもーいいよ。じゃあそれでいい」
「ごめん志賀ちゃん怒った?」
「怒ってねーよ」

俺は席から立ち上がって食べ終わった膳を持ち上げた。
これ以上話してても埒が明かない。

「ごめん、行かないで志賀ちゃん。怒んないで」
「怒ってねーし、ただもう帰って寝たいだけだから」
「行かないで」

ずるいのはお前だ、仁科。そんな声で、顔で、俺にそんなこと言うなよ。

「……お前なんなの?一体俺にどうしてほしいわけ?」
「それは――」

仁科が口を噤む。そう言う俺だって、仁科に何を期待してるんだよ。

「……ちゅー」
「わかった。してやるからこれ以上うるさく纏わりつくなよ」
「は?そんなのヤダ!それって志賀ちゃんと話すなってことじゃん!」
「だからさぁ……はぁ、アホらし。もーいいや」

どうしてそう極端なんだよ。そこまでは言ってねーだろうが。
俺はもう仁科と話すのも疲れて、ポケットから千円札を取り出してテーブルの上に叩きつけた。

「これ俺の分だから。じゃあな、仁科」

それだけそっけなく言い捨てて、食堂をあとにした。



帰りに若林に電話したら、もう寮に帰って鍵を開けておいてくれているらしい。
今日は本当に疲れた。色んなところを走り回ったせいで疲労困憊。
ぐったりしながら帰り着くと、若林はリビングで漫画を読んでいた。スーツ姿の男同士が絡み合ってる絵の表紙が見えて思わず苦笑した。
若林が相変わらずの無表情で真剣に読みふけっている。しかし俺の姿に気付いてふっと顔を上げた。

「おかえり志賀君」
「ただいまー。若林、今日どうだった?」
「うん……全然大丈夫」

今朝のことを思い出したのか若林の表情が少し固くなる。

「滝に言えた?」
「え、とまぁだいたい。つか、マジでそんなすごいことされてたわけじゃないから。今朝みたいな手紙とか……そういうのだし」
「そっか。てかさ、実はさっきまで滝に会ってたんだけどそーゆーの聞ける雰囲気じゃなかったんだよ。なんも言ってこなかったから大丈夫かなとは思ったけど。
 そんで、若林は三春っつか生徒会の奴らとこれ以上行動しなきゃそういう被害来ないんじゃねーのってのが俺の結論なんだけど……どう?」
「それがさ……部屋引越ししたら三春、俺に絡んで来なくなった。飽きられたのかも」
「え、マジで?なんか拍子抜けすんな」

そんなにあっさり手のひら返しみたいな真似して、三春の考えていることが理解できない。
いや、もしかしたら寮長から注意がいったのかもしれない。

「ん、でもそんならよかったわ。……まぁ、またなんかあったら言えよな」
「……うん」

――若林にそう言いながら、俺はちょっと考えてることがあった。まだ確定じゃないけど。
そうして自スペースの部屋に帰ってきてカバンを開いたところで、俺は違和感を覚えた。




制服からジャージに着替えたあと、脱いでカバンにしまっておいた俺のシャツが――ない。




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