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なにがどう大変なのか、と聞きたくても萱野は教えてくれなかった。
俺はだから余計に嫌な想像をしてしまってかぶりを振った。
かといって顔も見たくないと振り切れないくらいには俺の恋心は厄介だった。
どうしたのか、三春とは関わってないって言ってたけど何かあったんだろうか。
萱野に伴われて生徒会室のドアの前まで来る。
ってまだドア直ってねーのかよ。
観音開きのドアの片方が無惨にも取り払われ、暖簾のようなカーテンで目隠しされていた。
「これはこれで風通しがいいって青柳様が気に入っておられてて」
「あ、そうなんだ……」
俺の考えを読んだように萱野がいらない情報を教えてくれた。
ドアの前には警護の人が一人立っていた。
おい授業はどーした、と思ってよくよく見たら顔が老けてるし普通のスーツ着用だった。
あ、これ誰かの家のSPの人だ。金持ちの家のお坊ちゃんは大変だなぁ。
萱野の顔を見て、SPは小さく頷いて入室を促した。
あの書類間違い以来全く来てない場所だった。
少し緊張気味に暖簾を潜ると、中にいたのは一人だけだった。
萱野に視線を送ると、意味深な笑みを浮かべたまま退室していった。
俺は足音を立てないように会計のデスクまでそろそろと近づいた。
久しぶりに見る仁科は、赤いボールペンを握り締めながら机に突っ伏して眠っていた。
らしくもなくシャツはよれよれで、いつも完璧にセットされていた髪はボサボサだ。心なしか顔色が悪い。
仁科の傍らに立って手からそっとボールペンを外すと、ビクッと体が揺れた。
「んー……」
むずがるように呻く仁科が可愛いと思った。
あー好きだ。すげー好きだ。
なのになんでこんな風になっちゃったんだろうなぁ。
「……志賀、ちゃん?」
「うん」
「どーしよ。夢?」
「そうだな」
適当に返事すると仁科があどけなく笑った。
のそりと起き上がって俺の腰に抱きついてくる。
ちょっと焦ったけど、縋りつくようなその仕草にどうしても邪険に出来なかった。
「志賀ちゃんだぁ……」
「うん」
「もぉ嫌いとか言わないで、志賀ちゃん……」
「……うん」
「志賀ちゃんに嫌われたら、俺、悲しい……」
ぽつりと零された言葉に俺の胸がぎゅうっと苦しくなる。
「悪かったよ、キツイこと言って」
「えへへ……志賀ちゃん」
すり、と頬を擦りつけられてどうしようもない愛しさが湧き上がってくる。
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