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「そんなに長い話じゃないよ」と前置きした先輩だったが、居心地悪く感じた俺は手近にあったミネ君の椅子を引き寄せて座った。
深鶴さんに関することとはいえ、元カレとしてのあの人じゃない、いち生徒としての話は気になる。
俺が見ていた彼と田中先輩が接していた姿が、どう違ったのか――。

「A組ってさ、特待生を除いて全部の成績が平均以上のさらに上じゃないといけないんだよ」
「まあ……それは知ってますけど」
「成績っていうのは学力だけじゃなくて体力も含まれてるのも知ってるよね?僕はそんなに運動ができるほうじゃないから、元からそこが引っかかってたんだけど」

成績が悪くて、の部分はそれが最大要因らしい。じゃあそうじゃない部分はなんなんだろう。
無言で先を促せば、田中先輩は息を吐きながら天井を仰いだ。

「僕も中等部入学だからそのまま進級したんだけど……その、高等部に入ってゴールデンウィーク明けにね、転校生がきたんだよ。僕のいたクラス――A組に」
「えっ」

どっかで聞いたような話だ。
時期はずれの転校生。しかもA組に。

「編入試験を受けて入った外部生でね、おまけにいきなりAだから、そのせいかすごく自信家っていうか……あの、僕はちょっと苦手な感じの人で」
「はぁ」
「……すごく綺麗な人だったよ。でも自己主張が激しくて、不良グループの幹部って話だったし、怖かったから近寄らないようにしてたんだけど」

おっとり控えめな田中先輩とはとにかく波長が合わない人だったんだと、その口ぶりからしても伝わってくる。
転校生は自分が学園長の甥だっていうことを公言していて、それを自慢の種にしてる節があったそうだ。
そんな風に目立っていたら色々な人の目に留まる。その『色々』に生徒会役員も含まれてたんだと、田中先輩が言う。

「当時の役員っすか」
「うん。そのときの役員ってね、強烈というか過激っていうのかな?だから、学園全体の雰囲気もそんな感じだったんだよね」

なかでも生徒会長が転校生に骨抜きになってしまって、彼の言いなりで、学園を私物化する勢いだったとか。
会長様の寵愛を受けて用もなく生徒会室に入り浸ってたってんだから、その転校生はなかなか図太い。
つってもそれを言ったら俺の今の状況もちょっと似てるような気がして怖い。いや、俺は入り浸ってはないからな、断じて!

転校生は他にも、喧嘩が強い、力が強いことを誇示するがごとく物理的に崩壊させる勢いで学園中を乱暴に壊し回ってたとのこと。
三春が壊した生徒会室のドアにしろ、老朽化というよりその被害を受け続けた末の故障だったんじゃないかと、田中先輩はひそかに思ってたそうだ。

「そんな傍若無人が続くと、やっぱり面白くないって思う人たちが出てきて――」

だろうな。しかも生徒会長だし。慣習からいって当時の会長の親衛隊が釘刺しに出てきたんだろう。
しかし、田中先輩の口が途端に重くなった。

「生徒会長の親衛隊員がね、同じクラスにいたから……その……」
「なんです?」
「……あの、僕の友達っていうか、友達?って言っていいのか……」

きょときょと視線をさまよわせながら、申し訳なさそうに田中先輩が小声で言った。

「寮で同室だった……、村岡……ツバメ君」
「って、演劇部の部長の!?あの人もA組だったんですか?しかも同室って」
「うん……。あ、今は同室じゃないんだけどね」

演劇部長・村岡ツバメ。そう、体育祭の賭けの首謀者だ。もはやどこから驚けばいいのかわかんねえ。
だけど妙に納得した。村岡先輩の田中先輩に対する馴れ馴れしい態度の理由がわかったからだ。田中先輩のほうはあんまり仲良くしたくなさそうだけど。
一年のとき同室でクラスも一緒。今も同じクラス。腐れ縁としか言いようがねえな。

「ん?そういや村岡先輩、今は青柳会長の親衛隊やってますよね?」
「うん。それがツバメ君ってね、最大勢力に惹かれるタイプっていうのかな。だから当時の生徒会長の親衛隊に真っ先に入って、すごく熱心に活動してたよ」
「そうなんすか。なんかある意味わかりやすいような」
「ツバメ君、一年隊員のリーダーっぽい位置にいたから転校生の彼のことが余計に気に障ったみたいで、その……」
「……制裁ですか」

俺が言葉を継ぐと、田中先輩はぎこちなく頷いた。

「彼ら、部屋に集まってそういう話し合いしてたから僕も聞こえちゃったんだよ。あの、もちろん止めたよ?でも全然聞いてくれなくて」
「まぁたしかに聞かなそうですね」
「だから、転校生の彼に『親衛隊に注意して、困ったことがあったら相談して』って言っておいたんだけど……それで逆に何故か、僕も親衛隊仲間認定されて嫌われちゃってね」

田中先輩、いい人すぎんだろ。
苦手なヤツに直接勧告するなんてな。なのに当人から嫌われるとか不憫にもほどがある。

「僕が出しゃばらないで、先に風紀か先生に報告しておけばよかったのにね。そういうところまで気が回らなかった僕もいけなかったと思う」
「いやいや、一年でフツーそこまでできませんって」
「――それで日が過ぎて、今くらいの時期のことだったんだけど」

先輩の表情がわずかに険しくなる。俺もつられて口を引き結んだ。

「ツバメ君たち、本当に実行したんだよ。アレを。僕は現場を見てないけど、ちょっとした騒ぎになったからその日に知ったんだ」
「…………」
「その件に関する風紀の報告書が監査に回ってきたから詳細を見たわけだけど、やっぱり気持ちいいものじゃなくてね。そのことをね、一緒に書類監査してた伊吹先輩に話したんだよ」

そこで出てきた深鶴さんの名前にビクッとした。
当時の今の時期っていったら――俺と深鶴さんがちょうど別れた頃にあたる。

「生徒会はほとんど機能してない状態だったけれど伊吹先輩はそのことを静観しててね。先輩は大人しい人だし、僕ら監査にしても権力があるわけじゃないからそれは当然かなって思ってた」
「……で?」
「それで、悩みの吐き出しみたいな感じで転校生の話をしたら、伊吹先輩が『どうにかしようか』って、急に言い出したんだよ」

何故かすげえドキドキしてきた。
それは深鶴さんの知らなかった一面を聞いてるからか、そこからどうやって今の平和な学園に落ち着いたか知りたいからか。
そもそも、その転校生は今も学園にいるのか……?


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