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天佑と一緒に生徒会室に戻ると、親衛隊門番の『お帰りなさいコール』で迎えられた。
親切すぎる彼らの妙に温かい笑顔と視線に晒されながら俺も中に入る。そしたら生徒会長に開口一番「休憩が長い!」と俺まで叱られた。
天佑が反省のはの字もないようなふにゃふにゃした口調で謝ったあと、会長はじろりと俺を睨んできた。

「なんだ志賀、手伝いか?」
「違うよぉ、俺待ちなだけ。こっちきてぇ、理仁〜。あっ、俺の膝に座る?」
「しねえよアホ」

会計の席についた天佑からさっさと離れる。応接スペースのソファーが丸々空いてたから、そっちにバッグを置いて陣取った。
監査があれだけ暇だったにもかかわらず生徒会室は忙しそうだった。内線がひっきりなしに鳴り、デスクの上は雑多に散らかっている。
ここに来るとだいたい役員たちに絡まれるのにそれすらなく、全員がそれぞれの案件とにらめっこしていた。超有能なこいつらには珍しい光景だ。

ぼーっとその様子を眺めてたら、ノックとともに「失礼します」と数人の生徒が入ってきた。
親衛隊長たちがぞろりと勢ぞろい――っていうか、学園祭実行委員の本部の面々だった。
なかに萱野の姿もあって、目が合うとちょっと驚かれた。

「会長、代替案をお持ちしました」
「――よし。お前ら、来い」

会長が偉そうに顎をしゃくると、執行部のヤツらがガタガタと席を立った。
実行委員もあわせてみんなが奥の小会議室に消えていくのを見送る。同じくダルそうに立ち上がった天佑を捕まえて小声で聞いてみた。

「なに?なんか文化祭関係モメてんの?」
「ん〜……たいしたことないんだけどぉ、ちょっとね。ま、これで最終決定だと思うから、明日には監査行くと思うよ」
「ふーん?」

よくわからないが、どうやらどこかで業務が滞ってたらしい。
俺は会議室のほうには呼ばれなかったから、そのまま応接スペースに居残った。
この学園においてお飾り感の強い俺ら監査は、こういう内々の会議や案件には直接関わらない。もう少し規模が大きくなると強制参加させられるが。

約一時間弱で小会議室のドアが再び開いたもんだから、ソファーに半分寝そべってスマホをいじっていた姿勢を慌てて正した。
中から出てきた天佑がまっすぐに俺のところまで来て、背もたれ越しにうしろから抱きついてきた。

「あ〜も〜やっと終わった〜!」
「なに?もういいの?」
「うん。ねぇ〜早くかーえろ〜」

見れば、実行委員兼親衛隊長たちはそれぞれのご主人様のところについて、あれやこれやと相談やお世話をしはじめてる。
萱野も天佑の傍に控えて上品な笑みを湛えていた。
俺に覆い被さりながら、天佑は自分の親衛隊長に向けて手を差し出した。

「萱野ちゃん、鍵ちょーだい」
「はい?……はい、どうぞ仁科様」

萱野は、華奢なベルトに不似合いなごつめのチェーンで厳重に繋げていた鍵を、鎖ごと外して天佑に手渡した。

「ありがと。これ、俺が持つから。事情はあとで説明すんね」
「承知しました」

鍵につけられたチェーンはもともと天佑の持ち物だったらしく、ヤツの装飾過多なベルトに付け替えるとしっくりと馴染んだ。
他人、特に会長の耳があるところで「本物のほうの鍵をなくした!」なんて話をされると俺も非常にまずいので、物分かりのいい親衛隊長を心底ありがたく思った。

「なぁ天佑、晩メシは食堂にしねえか。今からじゃ萱野も大変だろ」
「うん?いーよぉ。そうしよっか」
「いいか?萱野」
「仁科様がそうおっしゃるなら。僕は構わないよ」

代わり映えのないメニューに飽きた食堂より萱野の手料理のが美味いから甘えてたけど、今日はさすがに申し訳ない気持ちになった。
俺が関わることで萱野に無駄な苦労をかけてたんじゃないかって。
萱野と生徒会室前で別れ寮部屋に戻った。
食堂に行く前に軽く汗を流して――と思ってたはずが、二人きりになった途端、どちらともなく視線が絡んで無言で唇を重ねた。さっき外でしたディープキスの続きそのままに。

「ん……」

バッグを玄関先に投げ捨て、腰に手を回し軽いキスをしながら、もつれ合うようにして足を動かす。
辿りついた先はリビングのソファーだった。ここが一番近かった。
柔らかい座面に沈んで天佑の頭を引き寄せる。そうしてより深く唇を貪れば、水槽のエアレーションに混じって濡れた音が響いた。
キスの合間に、緩く結ばれた天佑のネクタイをさらに緩める。ヤツの手も俺のシャツのボタンを軽やかに外していった。
こういうことに関しては、直接言葉にしなくてもしたいことが互いになんとなく通じる。これは、いいことなのかそうじゃないのか。

「ふっ……ぅ、んっ」

キスの興奮で、俺の息はもう上がってる。天佑も余裕そうに見えてスラックスの前部分が盛り上がっていた。
制服を最小限はだけさせただけで、短い愛撫。そのぶんキスは濃厚。俺にはそれで十分だった。

「あ……っ天、佑……」
「ねぇ……ここ、赤くなってる」

天佑に突然指摘されて、意味がわからず指された場所を見た。
俺の腕に、細い指の痕がついている。たぶん、三春が俺を掴んだ手の形だ。臆病な性格の奥に眠ってるハイパーパワーのなせる業なんだろう。
赤い痕は天佑の手で覆われると全く見えなくなった。

「どーしたのこれ?痛い?」
「いや、別に……そのうち消えんだろ。なぁ、そんなことより」

先をねだれば、蕩けるような笑みと極上のキスが与えられた。
スラックスもパンツも床に落とされ下半身が露出する。
俺も手を伸ばして、天佑の張りつめたソレをボクサーパンツから出して擦った。早くしろよ、と。
天佑の尻ポケットから使いきりローションとゴムが取り出された。今さら呆れも責めもしないが、こいつの性生活が推し量れる手際の良さだ。

「……んっ」

ぬめった長い指が入り込んでくる。数日かけて丹念に慣らされた俺の尻は、さほど抵抗なく指を受け入れた。
指の動きが絶妙で、このままでもイケそうだ。けれどそれは続かず、もっと大きい塊がぬるぬると穴に押し当てられた。

「ぅあっ、あ……あっ」
「ん……きっつ」
「てん……ぅ、く、るし……」

性急な挿入は息苦しさが勝った。それを逃そうと必死に天佑の肩に縋りつく。

「あっ……ん、あっ……」
「上手上手、ん……ちゃんと入ってるからね、理仁、頑張って」
「ぅあっ」

腰を上げて、もっと奥までと誘い込む。そうかからずに中が天佑でいっぱいになった。
そうなれば、毎日毎晩天佑を受け入れた俺の尻は、もう、気持ちいいと感じる以外にない。
赤い指の痕が残る腕が強く掴まれる。
すぐに律動がはじまると身を委ねて目を閉じた。天佑の重みも、匂いも、体温も、全部を感じたくてたまらなかった。

飼育小屋で立ち聞きしてしまった会話は俺をめちゃくちゃに掻き乱した。
天佑は「焦ってる」って言ってた。俺もそうだ。気が急いている。
――深鶴さんが帰ってくる。『俺のために』。
あの人にまだ愛されてるって知って震えが走った。嬉しくて。
深鶴さんが帰ってくることを聞いた瞬間、俺は心のどこかで喜んでいた。そして、一瞬でも喜んだ自分に腹が立った。

とっくに未練はないはずだし、あの人のああいうやり方を嫌悪したはずだった。
天佑が好きだと思う気持ちにも変わりはない。なのに、天佑を裏切ったような気になった。
この感情はなんなんだ?優越感なのか、思慕愛着なのか。

「てん、ゆ……ぅ」
「なぁに?ん……可愛いね、理仁。俺の――」

俺の理仁、と耳朶を甘噛みしながら天佑が囁く。
そう言いながら天佑は、深鶴さんが俺のもとに現れたら終わりにするつもりなんだろうか。
熱くなる体とは裏腹に、胸の中は、両側から引き裂かれてるみたいな痛みがして怖かった。



第五章 END


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