136


鬼頭との珍しい組み合わせ、かつアニマルマスターっぷりを目の当たりにして俺が呆気に取られてる間に、天佑は口を開いた。

「――で、そっちの首尾はどぉ?」
「あとこんなモンってとこだな」

白玉を片手で支えながら、逆の手をパーの形にする鬼頭。
動物たちにうるさく囲まれてるせいか天佑も鬼頭も俺らのことに気づいてないらしく、こっちに意識を向けようとしない。
天佑がけらけらと調子良く笑った。

「手こずってんねぇ〜」
「るせぇ。……あァそれと、監視カメラやられた。校内全部な」
「あっは、なにそれウケる」

言葉の意味に反して天佑の声音が低く冷たくなった。
途端に茶うさぎはパチッと黒い目を見開き、体をよじって天佑の腕から抜け出そうともがきはじめた。
うさぎをそっと地面に下ろした天佑は、そのまましゃがみ込んで前髪をかきあげた。

「はぁ……もう、やんなるね」
「おかげで商売上がったりでな、元締めが大荒れで手に負えねェよ」
「いー気味」
「いい加減歩み寄れや、オメーら。オレと違って、てめぇは元締めの顔知ってんだろうがよ」
「やーだ〜ぁ。あんなヘンタイ近づきたくなーい」

天佑が、オエ、と吐くふりをする。
鬼頭は呆れたような表情をしながらも白玉の背中を撫でた。
天佑もおもむろに立ち上がって、白玉のおでこあたりをちょんちょんと優しくつついた。そうされて白玉の耳がぺたんと従順に伏せられる。

「やっぱ直接叩こっかなぁ。もうさぁ、ちょーマジムカついてんだよね、俺」
「やめとけ馬鹿野郎。てめぇが動くと面倒なことになるだろうが。なんのために萱野がいると思ってる」
「環はよくやってくれてると思うよ。でもさぁ、自分のことだし?自分でケリつけとかなきゃーって感じ?」
「……やけに焦ってやがんな、テン。最近イラつきすぎじゃねぇか」

天佑は白玉をつつく手を止め、鬼頭に向けて妖艶に微笑んだ。

「だぁってぇ、ストレス溜まってんのー。ようちゃんが構ってくんないから」
「この前すっぽかしたくせに何言ってやがる。オレのせいにすんじゃねえ。てめぇと遊んでられるほどオレぁ暇じゃねんだよ」

鬼頭が渋い顔をして大きく鼻息を吹く。
二人の話し方はいやに親密で、他人がやすやすと入り込めないような空気があった。何かを共有している空気だ。

――そういえば、前に鬼頭とここで会ったときに情報屋組織と天佑の関わりを初めて知ったんだった。
「オレの依頼人」「お節介」、たしかそんなことを言ってた。
あのときはまだ椎名のことを知らなかったから、てっきり鬼頭に三春を見張らせてるだけなのかと思ってた。

天佑はシラタマと専属契約してる。『生徒会関連のこと』と『俺の学園生活のこと』。
だけど鬼頭は『個人の依頼』って感じの話し方をしてた。それは専属契約の内容とは食い違ってるように思える。
つまり、天佑は鬼頭にそれとは別の依頼をしてるってことか……?

天佑と元締めの椎名は、必要以上に接触したくなさそうなドライな関係に見えた。
一方で鬼頭は「お節介」するほど、天佑と親しいんだろうか。

突然、偶然に目の当たりにした天佑と鬼頭の関係性に頭の中が混乱する。
鬼頭は天佑のことを焦ってるとかイラついてるだとか言ってるが、そんな風には見えなかった。
俺といるときの天佑は変わらずふわふわのゆるゆるで、それでいてどこまでも甘く優しい。

ふと、思考の迷路に嵌まり込んで完全に立ち聞き状態になってることに気づいた。前もあったけど、こういうのは褒められた行為じゃない。
三春は俺の挙動に従うつもりみたいでチラチラとこっちを窺ってる。
内心謝りつつ、ヤツらの会話の邪魔せず静かにその場を離れようとした。なのに耳に飛び込んできた鬼頭の言葉で、再び足が根を張った。

「……聞いてるぜ、てめぇと志賀の噂」

俺の名前が出てきて慌てて振り返る。
聞いちゃいけないと分かっていても、自分のことだと思うとめちゃくちゃ気になる。
俺はそこまで出来た人間じゃないから、つい耳を澄ませてしまった。

「そぉ?ちょ〜ラブラブって?」
「寒い言い方すんじゃねぇ。どこがだ」

ふふ、と天佑が軽く笑う。

「言うとおり、焦ってんのかもね」
「…………」
「もし東堂君が転校してこなかったら、まだ『猶予』はあったんだけど」

いきなり出てきた聞き覚えのある名前に驚いて反射的に三春の顔を見た。
三春もびっくりしたみたいに目と口を開き、俺を見上げて縋るようにシャツを掴む手に力を入れた。

「あのときの深鶴のキレっぷりったらさぁ、いま思い出しても超笑える。まさか親が離婚して戻ってくるなんて思わないじゃん?っていってもねぇ、理事長も身内には甘いからしょーがないよね」
「身内、なァ……。それを言うならそいつも理事長の身内なんだろ?」
「深鶴自身は遠縁だし、理事長的には甥の東堂君のほうが可愛いんじゃない?そーゆーとこも、深鶴があの子を嫌う理由のひとつだと思うけど」

急にもたらされた衝撃情報で、俺は完全に硬直した。
暑さのせいだけじゃない嫌な汗が滲み出る。否応なしに呼吸が浅くなった。
似すぎている瞳の色、天佑が頑なに『東堂』と父方の姓で呼ぶ理由――まさか、それらは全部、三春と深鶴さんに血の繋がりがあるせい、なのか……?

「むこーの大学はとっくに休み入ってるし、深鶴のあの様子じゃね、やっぱどう頑張っても夏休み前までが精一杯?かなぁ」
「そいつ、帰ってくるのか。取り返しに」
「…………」
「ここまできて渡すつもりなのかよ。志賀のこと」
「……そうなるかもね」

その先はどうしても聞くことができず、来た道を戻った。


prev / next

←back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -