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それからB組まで戻って、自分の机周りや教卓の下まで見てみたものの、鍵は発見できなかった。
教室に残ってたヤツにも一応聞いてみたが、それらしいものは見てないと返された。
ロッカーの中もひっくり返す勢いで隅々まで探したのに見当たらない。その場にしゃがみ込み、思わず頭を抱えた。

「やばい、まずい。マジやべぇ」

今日はカバンなんてたいして持ち歩かなかったしすぐに見つかると思ってたから、ここにきて深刻な事態になったことを痛感した。
超やばい。あの鍵ってなくしたらどうなるんだよ。天佑にペナルティがいくんじゃねえの?

一瞬、抜き取り前科ありの椎名の顔を思い浮かべる。
しかしあいつは俺の汗とか手垢が染み込んだものを好むらしいから、タオルがバッグの中に残ってることのほうが不自然だ。タオルを無視して金属製の鍵に興味が向くとは思えない。てことは椎名はとりあえず除外か。
ひとりで唸っていると、三春が俺の真似をしてちょこんとしゃがんだ。

「あの……えと、それって借り物なんだよね?預けてくれた、人、その、言わないと……」
「だよなぁ……」

三春からぶつけられた正論に溜め息が出た。
天佑自身は萱野の合鍵で部屋に入れるが、問題はそこじゃない。なくしたことを正当な持ち主に報告しなきゃならない。
鍵を拾った誰かが職員室に届けてくれることをほんのり期待しつつ気を取り直して、天佑がいる生徒会室に足を向けた。三春も何も言わずにうしろからぴったりとついてくる。

――ところが、今日に限って生徒会会計様は簡単には捕まらなかった。

今現在ほぼ特別寮の住人になってる俺は、完全に自宅のノリで生徒会室まで来た。
けれど、ドア前に立っている警備当番の親衛隊員たちの姿を見たら一般生徒立ち入り禁止ルールを思い出してハッとした。
知ってる誰かがいればまた違ったんだろうけど、あいにく面識のない生徒ばっかりだった。これじゃ監査の腕章を付けて出直さないと詰問のち門前払いだ。
しかし回れ右しようとしたそのとき警備当番と目が合って、何故か向こうからにこやかに話しかけられた。

「志賀様、こんにちは!」
「お疲れさまです、志賀様!」
「仁科様なら今、外で休憩中ですよ!」

……どうして何か言う前から、俺が天佑に会いに来た前提で話されるんだろう。
すっげー笑顔で「行き先は食堂方面だと聞いてます!」とか情報提供してもらうのもいたたまれない。

「仁科様のお帰りを中で待ちますか?それかご伝言があれば承りますが」
「あ、うん……いや、自分で探すんで……。どーもお邪魔しました」

大事な鍵をなくしましたなんて伝言頼めるわけもないから半笑いでごまかしながら、親切すぎる親衛隊警備たちの前からそそくさと撤退した。
特別棟の外に出れば再び夏の外気に包まれた。この時間、セミの音は少なくなって、かわりにひぐらしの鳴き声が大きく聞こえてきた。

「リ、リヒト君、仁科様に会いに、行くの?」
「あー悪い、言ってなかったな。鍵の持ち主ってあいつでさ。まあ、行くしかねーよな」

鍵の次は持ち主の捜索か……めんどくせーな。かといってあの執行部役員どもに囲まれて帰りを待つってのも落ち着かない。
つか、生徒会活動もそろそろ終わりの時間のはずなのに、いま休憩ってことは今日は長引いてるみたいだな。
居場所を聞くために天佑に電話をかけてみたが、数コールのあと留守電に切り替わった。
萱野も同様だった。あいつのほうは学祭委員会の本部だからそっちの用事が忙しいのかもしれないが。

とりあえず言われたとおりに食堂近辺に行ったら、今度は顔見知りの仁科様親衛隊員の子に遭遇した。
軽く挨拶した直後、俺から口を開く前に「仁科様は中庭のほうへ行きましたよ!」と教えられた。
言われるがまま中庭へと移動したら、そこでは千歳の体育会系絶対服従親衛隊員に会って、「仁科様なら――」とこれまた先回りで指示された。

……だから、なんでみんな俺が天佑に会いたがってるって思うんだよ!そのとーりだけど!
そしてなんであいつは捕まらねえんだよ!

「なぁ三春、お前はもう帰っていいって」
「だ、大丈夫!おれのほうから手伝うって言ったん、だしっ」

歩きながら何度目かのやりとりを交わす。
三春は天佑のことが苦手らしいから気を利かせたのに、言い出した手前最後まで付き合う心積もりのようで俺の制服をがっちり掴んで離さなかった。
こんな調子で結局たらい回し的に学園内を一巡するはめになった。
そして最終的にたどり着いたのは、わくわくふれあいアニマルランド……もとい飼育小屋だった。

学園のこんな端の端まで歩いたせいで気力が尽きかけてる。
ここに天佑がいなかったらマジもう帰る。つーかこれでまさかのすれ違いとかしてたら泣くわ、俺。

三春を連れて飼育スペースに足を踏み入れた。
柵で囲まれたこのあたりの一角には、小庭と、網戸が張られた広々とした小屋が建っている。そこで動物たちがのびのび飼育されてるわけだ。
そういえばこの感じ、三春たちの秘密基地だった旧物置小屋に似てる。なにげに同時期に建てられたのかもしれない。
ざっと見た限り周辺に人はいなかった。ただ動物たちの鳴き声や羽音が聞こえてきて、これが案外うるさい。

「こ、ここって、飼育小屋、だよね?」
「ああ。お前、来たことある?」
「えと、ここで……要一君と知り合った、から……」

よういち君?――あ、鬼頭のことか。あいつも翼君と愉快な仲間たちの一味だったっけ。
三春はあいつが情報屋ってこと知ってんのかな。……いや、この感じだと知らなそうだな。
小屋のそばまで近づいたとき、裏手側から人の声が聞こえた。この特徴的な間延びした口調は天佑だ。それと、もう一人。

「鬼頭……?」

噂をすればなんとやら、小屋の外に鮮やかな赤のリーゼント頭が網戸の隙間を通して見えた。胸にふかふかした白うさぎ、白玉を抱えている。
その鬼頭の隣に、木陰にまぎれるようにして天佑の姿があった。腕の中に茶色のうさぎを抱えて。

茶色うさぎは、溶けてんじゃねーかってくらい安心しきった表情でふわふわの身を天佑に委ねている。
それだけじゃなくヤツの足元には、他のうさぎや鳥たちまでもが網越しに群がっていた。
オスのクジャクに至っては、天佑に向けてド派手な羽をめいっぱい広げてるのが見えた。小屋に閉じ込めておかないと殺到しそうな勢いだ。

どんだけ動物に好かれてんだ、あいつ。
天佑のフェロモンは動物にも有効なのかよ……。


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