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「暇だ……」
「暇っすね……」
「暇だねぇ……」

俺、ミネ君、田中先輩が口々に漏らす。それくらい、監査委員室は平和だった。
期末テストも終わった七月二週目といえば、学園祭実行委員会が再び動き出して監査書類が活発にガンガン回ってくる時期だ。
予算はあらかじめ決まってるがクラスや部活の出し物の決定は今週末が締め切りで、来週には全企画が揃ってなきゃならない。
そもそも全体企画や装飾関連の書類だってあるはずだ。
おまけにテスト後の開放感でバカやるヤツが多いから、風紀関係の書類も回ってくる。去年はそうだった。

なのになんにも音沙汰なし。生徒会からも風紀からも。
嵐の前の静けさ――とかいう不吉な単語が頭をよぎる。
課題と復習をやって空いた時間を潰してみるが、テスト後だと緊張感を保つことができなくて、結局スマホをいじりはじめた。
そうして時間だけがいたずらに過ぎ、何杯目かの飲み物を三人揃って飲み干したあとに田中先輩が時計を見ながら溜め息を吐いた。

「ちょっと早いけど今日はここまでにしとこうか。この時間じゃ、今から書類来たところで遅いしね」
「賛成っす!」

ミネ君が両手を挙げて元気に応答する。尻尾でも振ってんじゃねーかってくらいの嬉しそうな顔。
まあ、嵐の前も何もどうせこの先忙しくなるのはわかりきってるし、今日は束の間の休養日ってことで俺も異論はない。
カップを片付けはじめた田中先輩が俺の肩をトンと軽く叩いた。

「志賀君もお疲れ様。だるそうだけど大丈夫?夏バテ?」
「あー……や、そーゆーんじゃないんで平気です」

心配されて苦笑いが漏れる。だるいのは主に連日のセックスのせい、だとは言えない。
テスト明け直後のあれ以来、俺は天佑となんだかんだで毎日やっちゃってる。あいつにフェロモン全開で迫られたら最後、あっという間にベッドの上なんだからしょうがない。
恋愛感情を差し引いたとしても、こんなヤツの傍でよく一年間普通に生活できてたな俺ってくらい、天佑の色香はすげえ。吸い寄せられて、抗えない。

しかしこのけだるさは疲れとか寝不足だとか、そういうマイナスな理由じゃない。
逆に毎晩搾り取られてるから、ある意味悟りを開けそうなくらい心身落ち着いちゃってる。要するに気が抜けてるだけだ。
セーブがきかなかったのは初日だけで、今は余力を残しつつセックスを終える。そのあと甘い言葉をかけられているうちに気持ちよく眠りに落ちる。
かといって一回の行為に手抜きはしないあたり、さすがの仁科様。天佑は徹頭徹尾優しく、俺を快楽で蕩けさせて甘やかす。

「じゃ、お疲れです」
「っす!」
「うん、また明日」

監査室に鍵をかけるため田中先輩が最後に出るから、俺とミネ君は先に退室した。
ミネ君ともさよならをしたあとスクバを開けて、内側のサイドについているポケットに指を突っ込んだ。しかしその違和感に眉間に皺が寄った。
――ない。鍵が、ない。天祐から借りてる寮の鍵が。

「……っかしーな、たしかここに……」
「あれ、志賀君?どうしたの、忘れ物?」

監査室前でバッグをゴソゴソ漁っていたら、遅れて出てきた田中先輩に不思議そうな顔をされた。

「や、すいません。なんか落し物しちゃったみたいなんで、閉める前に監査室探してもいいですか?」
「どうぞ」

もう一度監査室に戻って、まずはバッグの中身を改めた。
教科書、参考書、ノート、ペンケース、タオル。雑に詰め込んだそれらを全部取り出す。サイドポケットに穴は開いてない。寮部屋の鍵だけがない。
自分の制服のポケットに手を突っ込んで探ったが、スマホしかなかった。
床に落ちてないかと監査室をぐるりと見て回った。

「どう志賀君、見つかった?」
「いえ……」

応えながら今日の行動を思い出す。天佑と一緒に寮部屋を出て、そのとき俺が鍵を掛けた。
鍵はいつもこのサイドポケットにしまうことにしてて、それはもうほとんど無意識にやってたから記憶にあんまり自信がない。
本来貸与不可の借り物だと思うとキーホルダーやチェーンをつけることすら悪い気がして、デフォルト状態のまま持ち歩いていた。
念のためもう一回室内を探したあと、やっぱりないのを確認してから監査室を出た。

田中先輩とも別れて、寮じゃなくて教室方面へと戻る。もし落としたとしたらそっちかもしれないから。
来た道を遡るようにして床を睨みつけながら歩く。すれ違う生徒たちや教師の足元までつぶさに見回した。
すると昇降口近くの廊下の途中で、背の低いヤツと正面からぶつかったもんだから咄嗟に受け止めた。
そんなに早足じゃなかったけど衝突のでかさは結構なものだった。

「ふひゃっ!」
「うわっ、悪ぃ!俺よそ見してて――って、三春?」
「ぅあ、あの、こ、声かけたけど……あっ!そっか、お、おれが避ければよかった!」

どうやら俺は探し物に夢中になるあまり、三春のささやかな呼びかけを拾えずに正面突破しようとしたらしい。
下校途中だったらしい三春は、小さい体に不似合いな大きめのスクエアデイパックを背負っている。
鼻のあたりを両手で覆ったまま俯いてる三春。俺との距離は本一冊分ぐらいの隙間しかなくて表情がよく見えないけど、額が真っ赤だ。

「マジで悪かったな。どっか怪我した?鼻とか大丈夫?」
「あっ、ううん!大丈夫!全然、受け止めてくれたから、痛くない……」
「つーかお前、今から帰るとこ?三春って部活やってたっけ?」
「ううん、学祭委員会で、ちょっと遅くなって……。あの、あのっ、リヒトくんの、委員、か、監査は」
「俺んとこもさっき終わったんだけどな、探し物しに戻ってきた」

いつまでも離れる気配がないから俺のほうから距離を取る。そしたら三春が小動物っぽく首を傾げた。

「何か……な、なくしたの?」
「あーまあ、俺のもんじゃねえんだけど、預かってたやつだからなくすとまずいんだよ。このへんに落としてねーかなって思ってさ、下ばっか見てたから三春にも気づかな――」
「てっ!手伝うよ!!」

言い終わらないうちに三春がばかでっかい声を出した。
耳の中がキンキンと残響でいっぱいになる。大か小しかないって、コイツのボリューム調節のつまみは壊れてんのか。

「て、手伝うって何?探すのを?」
「うんっ!リヒト君、いろいろ、たくさん、おれのこと手伝ってもらったし、お返ししたいっ!」

お返しだのなんだのしてもらうほど大層なことした覚えがないが、やる気に満ちた一生懸命顔を見たらつい頷いていた。

「わかった、頼むわ。探してんのって部屋の鍵なんだけどさ」
「えと……こ、これと同じの?」

三春がデイパックのポケットから普通寮のカードキーを取り出して見せる。部屋番号と校章が印字されてる見慣れたものだ。

「ちげーよ。そっちの寮部屋の鍵じゃなくて普通の……えーと、これくらいの大きさの、シルバーのやつな」
「ひ、光るんだったら探しやすいねっ」

そんなにキラキラした鍵じゃないが、たしかにカード状のものよりは探しやすいかもしれない。
俺が歩き出すと、三春は半歩うしろをちょこちょこついてきた。


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