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「……うっわ……」

心機一転、すがすがしい月曜の早朝――のはずが、洗面所で顔を洗って目が冴えた瞬間にドン引きの声が出た。
Tシャツを脱いで鏡に映してみる。
胸や首元に赤紫に変色した斑点が散らばっていた。数は多くないものの、どんだけ強く吸ったんだよって言いたくなるくらいくっきりはっきりと。

これだからキスマークって好きじゃねえんだよなぁ……。
翌日に消える程度だったらいいんだけど、これじゃ数日は残りそうだ。
だいたい、キスマなんてガキくさいことをアイツがするとは思わなかったから完全に油断してた。やってる最中はそんな細かいこと気にしてなかったから余計に。

うなだれつつ溜め息を漏らす。
確認してみたら脇腹や足のほうにもある。痣というには不自然で、いかにも他人に付けられましたってバレバレの痕跡が。
もしかして背中にまで付いてる?いや、さすがにそれはない……と信じたい。
つーか今日ってクラスマッチの練習あったよな。人前で着替えるのか、この状態で。

「……ま、いっか」
「何がいーの?」
「おわっ!」

いきなりうしろからにょきっと腕が生えて抱き締められた。溜め息の元凶、天佑だ。
そのままおぶさるようにしてズシッと圧し掛かられる。重い重い!潰れる!
突然の重みでぐらついた体勢をやっとの思いで立て直すと、耳元で寝起き特有の気だるげな声がした。

「も〜……俺が寝てる間にいなくならないでよ〜……」
「一応声かけたっつの。文句言うなら二度寝してんなよ」
「起きるまで起こしてよぉ」
「アホか」

呆れつつ、甘え口調でワガママを言うコイツを可愛いと思っちゃう俺もたいがい色ボケしてる。
絡み付いている腕をはずして向き合った途端、「ん」と目の前に突き出された唇を啄ばんだ。
天佑の唇の表面が珍しくかさついてる。それが湿って柔らかくなるまでキスを重ねていく。

途中で朝食を作りに来たらしい萱野の気配がしたが、キッチンからこっちは見えないのをいいことに構わず続けた。まあ、見られたところで今更って気もするが。
キスが深くなる前にやめると不満そうに天佑の唇が尖った。物足りなかったらしいその唇が俺の耳や首筋にチュッチュとしはじめる。
しかし登校前だしこれ以上遊んでる暇はないので再びストップをかけた。

「なあ、目覚ましにシャワーでも浴びれば?」
「そーしようかなぁ……」

思い出したように、ふぁ、と小さくあくびをする天佑。
スウェットをのろのろ脱ぎ始めた天佑とは逆に、俺のほうはTシャツを着直して洗面所を出た。
そしたら朝食の準備をはじめていた萱野がキッチンから顔を出した。

「おはよ志賀ちゃん。今日は早起きだねぇ」
「あー、昨日早めに寝たから目ぇ覚めちまって」

俺が出たすぐあとに扉の向こうからシャワーの音が聞こえてきて、ご主人様の居場所を察知した萱野はチラリとそっちに視線を向けた。
メシ前だってのに小腹が空いちゃった俺は、テーブルの上に常備されてる菓子籠からマカダミアナッツのクッキーを取り出した。
ダイニングチェアに腰掛けて包装をピリピリ破ってたら、萱野がカウンターの向こうから話しかけてきた。

「志賀ちゃん、調子どう?」
「どうって、別に普通だけど」
「そっかぁ」

何を納得したのか萱野が頷く。
……あ、まさか今のは仁科様とのことを聞いたのか?
どうもこうも、体調を心配されるほどムチャなことはしてないんだけど。
天佑が言ったのか萱野が察したのか、筒抜けなのは居心地悪いが、俺も聞きたいことがあったからちょうどいい。

「あのさ萱野。俺、仁科様親衛隊に入ったほうがいい?」
「できないよ」

即答で華麗な一蹴。でもその返し方が変だ。

「できないってどういうことだよ。隊員になるのになんか特別な資格がいんの?」
「資格は必要ないよ。仁科様を慕う気持ちがあれば他は何もいらない。でも志賀ちゃんは……ってゆーか、監査委員は入隊許可できない決まりなの」
「監査が?なんで?」
「組織の公平性を欠くから、ってところかなぁ。僕も先代からそういうルールとしか聞かされてないから、ごめんね」

どうやら監査委員は、部活動と同様に委員会以外どこにも所属しないのがその特性ってわけらしい。
そういや前に三春が「監査委員への親衛隊結成も禁止」だとか言ってたっけ。
ミネ君が情報屋の構成員だけど、シラタマは治外法権の特殊組織って位置づけなのか?

いっそのこと俺も親衛隊の傘下に入れば、天佑に関する面倒事が減るんじゃないかと思ったんだが、目論見は見事に外れてしまった。
すると萱野は口元に手を当ててちょっと険しい顔をした。

「それにね――」
「ん?」
「そういうルールがなかったとしても、仁科様は、志賀ちゃんが隊員になることを望んでないと思う」
「…………」

親衛隊長のその言葉に喜ぶべきか残念がるべきか。どういう意味かと考えると複雑だ。
返事をする前に当の本人が風呂場から出てきたもんだから、この話題はうやむやのうちに流れた。


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